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2021年に見たブルーレイ3D


変換3Dは好まないので、ステレオカメラで撮影された映画ばかりです。


←2020年に見たブルーレイ3D →2022年に見たブルーレイ3D


211219

Onward 2020
「2分の1の魔法」

「トイ・ストーリー4」に続くピクサーの劇場長編作です。この映画までは劇場公開もされてはいるものの、次作の「ソウルフル・ワールド」、さらにその次の現時点での最新作「あの夏のルカ」はついにディジタル配信のみのリリースという形になりました。映画公開のしかたも変わってきましたね。「劇場版」といった言いかたが通用しなくなりました。今後はテレビ用映画とどう区別していくのか曖昧になってきます。
またディズニー/ピクサーは3D版の公開もこの「2分の1の魔法」まででどうやら打ち止めとしてしまうようです。やはり日本盤ブルーレイ3Dは発売されませんでしたから、前作同様輸入盤を入手しました。

さてこの「2分の1の魔法」、先週見た「トイ・ストーリー4」が傑作でしたからどうしても比較してしまって分が悪いですね。はっきり言って普通の出来です(笑)。まあ、悪くはないという程度で、キャラクターのフィギュアを買おうという気にまではなりません。
テーマとしては兄弟の絆の復活です。亡き父を魔法で一日だけ蘇らせる方法がわかり、それを実現するため若い兄弟が助け合います。その冒険を通じて、成長の過程で心が通わなくなっていた兄弟が再び互いを認め合うというものです。そのため、物語上は父の存在自体はさほど重要視されていません。

舞台は指輪物語ふうのファンタシー世界ですが、時代も下ってエルフも魔法使いもみな科学万能の世の中になっています。電気ガス水道・通信のインフラは整って移動はもっぱら車や飛行機を使い、修得が困難な魔法は今では誰も使わなくなった…という皮肉に満ちた寓話的パラレルワールドのしつらえです。
街では野良ユニコーンが徘徊しているというありさまで(笑)、主人公一家は青い肌にとんがり耳の一族でママの今の恋人は半身半馬のケンタウロス、ペットは小さなドラゴンです。

こういった世界観が、あと一歩うまい具合に描けてないんですね。なにかもうひとつ、見ているこちらが物語世界に入っていけるものが欠けている感じです。惜しいところです。
子どもにも大人にもアピールできるようにデザインされていながら結局どっちつかずになってしまっているというところ、難しい加減だろうとは思います。監督は「モンスターズ・ユニヴァーシティ」の人です。

主人公は弟のほうで、やせっぽちで自分に自信の持てない十六歳。今なおクラスで友だちが作れないでいる奥手です。雰囲気は「レミーのおいしいレストラン」のあんちゃんの感じですね。
ところが兄はジャック・ブラックのようなタイプで、極端な行動派であるいっぽう社交的というよりは他人の目を気にせずなんでも直情的にやってしまう迷惑なやつです。これがまた神話おたくで、気に入りのロールプレイングゲームが史実に基づいていると主張、魔法の復活を公言してはばからないという日常です。

この、兄の造形がちょっと引っかかるところなんですね。自らポンコツのバンを修理改造して走り回るバイカーファッションのヘヴィデューティでありながらあらゆる呪文をそらんじているほどのマニアックなボードゲーム愛好家です。そんなタイプの者は日本にはいないし、アメリカにだって実在するかどうかわかりません。
そのせいか、映画を見ていても非常にちぐはぐな感じでしっくりこないんですね。ストーリー展開に必要な要素を持ち合わせているところがご都合主義的で、そのうえお調子者ぶりも度を越しているため、このへんが最後までノれない要因です。

弟の十六歳の誕生日に、母が屋根裏部屋から包みを持ち出してきて兄弟に手渡します。その日に開封するという父の遺言です。これが代々伝わる魔法使いの杖で、ちゃんと魔法の石と呪文のメモがセットになっています。それみたことかと兄は勇躍、さっそく呪文を唱えて一日間だけ父を再生することができる魔法に取り組みます。
ところが兄がいくらやってもダメだったのが、偶然に弟のほうに魔法使いの資質があることがわかります。突然震えはじめる魔法の石、そして蘇ったのが、父の下半身です(笑)。

靴から現われ徐々に上に行く途中、ベルトのあたりでなぜか魔法が中断してしまい、父は物言えぬ二本足だけの姿で降臨します。そこで上半身も召喚しようと兄弟はもうひとつある「不死鳥の宝石」を探す旅に出ます。史実に基づいたロールプレイングゲームにそのことが記されているからです。
カードに描かれているマンティコアの館にその手がかりがあるという兄の話に半信半疑ながらついていく弟。たどり着いた先にはたしかにマンティコアの館があり、でもそこは今ではファミリー向けレストランとして繁盛しているというギャグです。

ここのオーナーがマンティコア(半人半ライオン・サソリの尾。エマーソン・レイク&パーマーのレイベルの絵)の末裔で、いまではすっかり商売人が板に付いているのが、思わぬ冒険者の来訪にマンティコア族の魂が呼び起こされ一念発起、側面から兄弟を支援するキャラクターに変身します。ここのところも少々上手くいきすぎで鼻白むところと言えなくもないです。
飛べなくなった妖精のバイカーたちなどの脇役も例によっていろいろ縦横に配置し物語に膨らみを持たせてあるとはいえ、それらのどれもが今ひとつ生きてないんですね

そのうえ3Dもあまり効果を出せていません。実写と違って撮影がうまくいかなかったということではありませんから、やはり深い奥行きや立体効果を出すつもりはもともと無かったということでしょう。背景の多くをぼかしてあってパンフォーカス状態にしてない場面が目立ちます。
CG自体はやはりピクサーですから非常に高い水準のもので、特に夜の屋外の市街地などは実写では難しい細部まで描かれていて、こういうところの3Dは良かったです。
同じスタジオが制作した映画でも、3Dに対する考えかたはまちまちなんですね。監督が違うわけだから当然といえばそうだし、映画会社のマーケティング方針との兼ね合いも大きいでしょう。

とまあ、こう書いてくるとけなすところばかりですけど、なにか褒めるところを挙げるとすれば…ママの眼鏡が似合ってるところですかねー(笑)。





211214


Toy Story 4 2019
「トイ・ストーリー4」

ピクサーの長編アニメとしては「インクレディブル・ファミリー」(2018)の次作です。「トイ・ストーリー」シリーズは一作目が1995年、「2」がわりと早くて99年。その十年後の2010年に「3」、そしてさらに十年近く経ってのこれが四作目ですね。劇場用長編で四本目までもが作られるというのは少々意外な感じですが、「3」もとても面白かったですから、待望されて当然です。
それが蓋を開けてみたら、これじゃちょっとね…というのじゃ困ったところが、そこはさすがのディズニー/ピクサー、ここまで面白く出来るものなのかと感心しました。しかもラストは意外な展開を迎え、新たな方向性さえ感じさせるほどです。いやでも、「5」は…あるんですかねー(笑)。

これまでの話の流れをおさらいすると、「1」がウッディとバズ・ライトイヤーの友情物語(隣に住むシドにひどい目に遭うエピソードも)、「2」はウッディがおもちゃコレクターに拉致され日本に売り飛ばされそうになるドタバタで、カウガール人形のジェシーが出てきます。「3」では、おもちゃたちの持ち主であったアンディが成長し大学生に。しばらくしまい込まれていたおもちゃたちは保育園に寄付される形になります。ここが実は腹黒い熊のぬいぐるみに支配された独裁国家で…というわりとシリアスなスリラータッチの話でした。
結局おもちゃたちはアンディからボニーという少女に譲られることになり、新たな持ち主のもとでおもちゃとしての役目を再び果たしていくことになるというハッピーエンドですね。

それで「4」はというと、ボニーのために奮闘するウッディの姿を描いてあります。ボニーが幼稚園でプラスチックのフォークで作ったおもちゃ・フォーキーがトリックスターの役割で、フォーキーがボニーの安心毛布としての存在であることを見抜いたウッディは、ただただフォーキーがごみとして捨てられないよう(実はフォーキーが自分からごみ箱に入ろうとするところがケッサク)力を尽くします。ボニー一家がキャンプに向かう途中、車から落ちたフォーキーを救うためウッディも単身飛び降り救助に向かうという無鉄砲も辞さないほどです。
ここから母を訪ねて三千里の大冒険が始まるのかと思いきやそうではなく、フォーキーを連れて徒歩でドライヴインまでたどり着きます。しかしその直前に通りがかったアンティークショップで、九年前にアンディ家からよそにもらわれていったボー・ピープがそこにいることを偶然知るんですね。冒険はここからです

ボーは羊飼いの娘の陶器人形で、「2」にも端役で出演しています。今回はがらりと性格を新たにしたアクションヒロインとして大活躍です。
今回初登場の敵キャラがウッディと同じく背中のひもを引くとしゃべるトーキング人形のギャビー・ギャビーです。これがもう出てきた直後から邪悪な正体を現し、手下の腹話術人形とともにある目的からウッディを狙い、フォーキーを人質に取ります。
ウッディはとにもかくにもフォーキーをボニーのもとに戻さなければならないという使命感から、ボーの助けを借りて人質奪還のためのミッションインパッシブルに挑みます。

これまでの三作と少し様相を異にするところが、さまざまなおもちゃが出てきてにぎやかに連係プレイを見せていくというのではなく(もっとも、チームプレイを鮮やかに見せるシーンは冒頭にちゃんと用意されており、まったく見事なオープニングになっています)、ウッディとボー、その仲間たちにバズが加わった少数のキャラクターだけで大半が進行していく点です。一作目からのおなじみの仲間やジェシーの出番はちょっと物足りないくらいです。
その分、まったく新たな性格に再設定されたボー・ピープが三面六臂の活躍ぶりで、またその厭世的な人生観や自由主義がウッディにも少しずつ影響を及ぼしていくなど、すでに子ども向けアニメの枠を出て大人も共感できる話になっているところは前作からの変化です。

長期にわたるシリーズだけに一作目からのファンもその間人生経験を積んできているわけで、いろいろなことを考えさせられます。悪役であるギャビー・ギャビーも実は不幸な来歴を背負った非情に複雑なキャラクターで、最後はこれをうまく収めるところはホロリときます。
もちろん、そんなドラマ部分にも重きを置きつつ当然ながらアクションシーンも盛りだくさんでスピード感満点だし、コメディ演出は相変わらずのノンストップ状態です。アンティークショップでの、ギャビーと腹話術人形に取り囲まれるところなどはカルトホラーのパロディになっていて笑えます。
監督は今回初めての人で、ピクサーで絵コンテを長年手がけてきた生え抜きのスタッフが抜擢されています。なかなか優秀な人のようです。

CG映像のレベルはやはり一作ごとに向上しており、本作はこれまでの三作とは格段の違いがあります。特に光の表現はまったく目を見張るほどの美しさだし、おもちゃのテクスチュアがまた見事です。軟らかな画質が全篇をおおっていて見ごたえがあります。
ピクサー映画の3Dはこれまで、ディズニーの意向なのかどうか、あまり立体効果を強調しない方向性だったように思います。その点「トイ・ストーリー」シリーズはミニチュアサイズのおもちゃが主人公ですから全体がミクロ視点で、3D効果は発揮しやすいほうだったんですね。

それが今回見た「4」では、おおーここまでできますかと思えるほどの素晴らしい立体効果が出ています。アンティークショップ内の薄暗い場面でも空間がしっかり描けているし、クライマックスの舞台である遊園地も陽光のもとシャープな見せかたと夜間のイルミネイションと自在な表現です。映画自体はさほど面白くなかった「カーズ3」での映像実験が充分に生かされています。
このへんやはり、スタジオにとってはこのシリーズは特別なものなんでしょう。ピクサーのアーティストたちが思う存分にやっている感じが伝わってきます。

しかし世の中3D映画の需要は次第に縮小していっており、ディズニーの新作映画も3D版が作られなくなってきています。まずはブルーレイ3Dのリリースが見送られる形で、今回の「トイ・ストーリー4」はとうとう日本盤のブルーレイ3Dは出ませんでした。またそれ以降の新作では、パンデミックによる劇場公開見送りの影響も加わって、「ソウルフル・ワールド」(2020)からは3Dヴァージョンがありません。しかたない趨勢とはいえ残念です。

この映画もとても気に入ったので、なにか記念にフィギュアを一個買ってみようと思うんですが、ギャビー・ギャビーにするかデューク・カブーンにするか悩んでいるところです(笑)。

実は我が家のテレビが金曜日に故障して、なにも見られなくなったんですよ。なんの前兆も無く突然ぷつんと。ほんとにプツンと音がして電源が入らなくなりました。結局電源系統の基板交換で直り、液晶パネルには異常は無かったのは幸いでした。
これは六年前に買ったものです。そのころと違って現行の各社のテレビは3D表示機能がありませんから、液晶パネルまでいかれてしまったら大変です。今後もずっと3D映像を楽しんでいくつもりですから、うちのテレビにはがんばってもらわなければなりません。
アメリカの3-D・フィルム・アーカイヴはクラウドファンディングを活用して古い立体映画の修復を精力的に進めてますから、ますます楽しみです。今月には長らく待望していた「悪魔のはらわた」のブルーレイ3Dが発売されたし、まだまだ貴重なフィルムがたくさんありますから期待しています。





211121

「アメイジング・スパイダーマン」
The Amazing Spider-Man 2012

本格的な劇場用映画として作られ人気を博したサム・ライミ監督/トビー・マグワイア主演の三部作は2002年から2007年にかけてのものです。ウィキペディアによると当初はこれに続く新三部作として企画され「4」という位置づけだったものが頓挫し、結局ストーリーを新たにして監督主演も総替えとなったいわゆるリブート作がこれです。タイトルはオリジナルのコミックブックの通りですね。
私はいずれもロードショウで見ました。ライミの三部作はどれも面白く出来ていてヒットしたのも当然と言えるものです。しかしこのリブート版、「3」からはまだ五年しか経ってないのに一からやり直しかヨと当時はいぶかしく思ったものです。

バットマンの流れを例にとると、ティム・バートンの出世作が1989年ですね。今に続くアメリカンコミックヒーロー映画隆盛の出発点と位置づけていいものです。その後三作目から監督主演が交代、ジョエル・シューマカーの勘違い演出から惨憺たる出来になった3・4で打ち止めになったのが1997年。その後クリストファー・ノーランがそれまでの流れを断ち切って新しいバットマンの概念を打ち立てた「バットマン・ビギンズ」が2005年です。
つまりこちらのほうはその間八年で、まあ五年のインターヴァルと大差無いとはいえ、しかしせっかくバートンが面白いヒーロー像を描いたのにその後続で台無しになったという状況、言ってみればファンはむしろ仕切り直しを期待していたわけですね。

いっぽうスパイダーマンのほうは、観客はライミ版に続くものを見たかったわけで、あれはやめてまた初めからやり直しますじゃあ、ちょっとがっかりです。それでも新しいのが面白けりゃそれでもいいわけですが、当然そのぶん期待のハードルは高くなりますね。
それでこのリブート作、ハードルを越えることができたかといえば、二本で打ち止めになってしまったことでも結果は明白です。ひとことで言えば、出来は悪くはないもののわざわざ作り直すほどじゃないよね、というところです。

私としてはもっとも気に入らないのが主演のあんちゃんで、その風貌から身のこなしからがどうにもいただけない感じで、イモなんですよね。それはあくまで好みの問題ではあるものの、主役の文字通りヒーローがかっこいいとは思えないというのはやはり見ていてちょっと辛いです。ガールフレンドの女の子もあまり魅力的じゃありません。
たしかに普通の高校生という感じは出ていて、それは原作のイメージ通りなのかもしれないですね。私は原作読んだこと無いのでそこはわかりません。まんがにせよ小説にせよ、原作のイメージに合っているかどうかというのは映画にはつきものの評価ポイントではあります。でも私は、ジェイムズ・ボンド俳優で原作のイメージに一番近いのがピアース・ブロスナンだという世評も、いやそう言われてもね…と感じます(笑)。

その点マグワイアは良かったし、さらなるリブートをしてからの現在の"マーベル・シネマティック・ユニヴァース"におけるピーター・パーカー役トム・ホランドもいい感じです。
ただライミ版では、スパイダーマンの縦横無尽のアクションを表現したCGIがまだ発展途上の感じで、ビルの谷間を飛び移る場面ではスパイダーマンがなにかゴム人形みたいに見えてました。それでも、2000年代まで実写映画化が待たれたのは、特殊技術が必要なビジュアルに対してまだ追いついてなかったからだろうと思われます。
その点本作では、スパイダーマンといえばこれ、と言える振り子運動でビルの間を移動するスタントシーンは完璧に描いてあり、スピード感も満点です。スパイダーマンの視点で空中ブランコを体感できるPOVショットも多用してあります。夜の街のシーンはすべてCGです。

結局、スパイダーマンのアクションシーンを見るだけであればこの映画とても面白いんですね。両手から発射される蜘蛛の糸もプシュップシュッと軽快でスピーディ、私も一個欲しいくらいです(笑)。
ただし物語のほうが妙味に欠け、広く知られたストーリーながら脚本演出にあまり工夫が無いため登場人物へ感情移入することがなく、単なるアトラクション映画にとどまってしまってます。

さてこの映画、実写部分はステレオカメラで撮影された本物の3Dなんですね。現在の映画用ディジタルカメラの主流であるレッドが初めて使われた大手スタジオ作らしく、エピックという機種を二台使っています。
ところが肝心の立体効果がほとんど出てなくて、カメラマンは通常の2D映画とまったく同じ撮りかたをしていますから、まあ言われてみれば3Dにはなってるなという程度です。その点はブルーレイ3Dで見直した今回も同じでした。このあたり事情はさまざまだろうとは思います。監督のマーク・ウェブという人は、3Dに関しては理論もわかっていて前向きに取り組んだんだろうと思います。

しかしあまり3D効果を高めてしまうと、観客から目が疲れただのアクションシーンで気分が悪くなっただの子どもに悪影響だの、いろいろ苦情が出る可能性があります。映画会社はそれは避けたいだろうし、基本的には2D版の上映が中心なわけですから、立体効果は申し訳程度でいいと制作サイドに圧力をかけてくることと想像できます。ディズニーの3Dはだいたいそんな感じです。そういった種々の要因から妥協の産物が生まれるわけで、これもそのひとつなんでしょう。
興味深いのはこのブルーレイ3D、特典映像が珍しいことに3D収録で、監督のウェブ自身が出てきて3D映像の仕組みを解説する「マーク・ウェブ監督の3D入門」と題したコンテンツがあります。内容はあくまで基本的なことながら、自分で説明するくらいですからきっと立体映像は好きな人のはずです。日本盤のブルーレイ3Dもまだこの頃は出ていて、字幕付きで説明を聞けたので良かったです。

しかし本人の意向はどうだったのか不詳ながら、続編の「アメイジング・スパイーマン2」(2014)はステレオ撮影は無く変換3Dです。少なくともソニーピクチャーズは3Dには前向きでないことだけは確かです(笑)。





211114

「ダーケスト・アワー~消滅」
The Darkest Hour 2011

話題作というわけではないSFアクションで、アメリカとロシアの合作です。モスクワで大々的なロケを行っていて、アメリカからヴェンチャービジネス目的でやってきた男二人とやはりアメリカから旅行で来ていた女二人が主人公です。名の知られた人は主演のエミール・ハーシュくらいですね。共同プロデューサーの一人がロシア映画界の実力者のようです。
体裁としてはハリウッド映画と変わらないレベルで、演出や撮影などもきっちりしています。監督はアメリカ人です。

近年はロシアからアクション映画などの娯楽作がけっこうたくさん輸入されてますね。配給会社にとっては、韓国のテレビドラマと一緒で値段が安いわりにそこそこ興行収益があるといううまみがあるんでしょう。また製作する映画会社にしても、現地で撮影すれば様々な経費が格段に安いという利点があるはずです。
そのうえロシアは映画制作の歴史は古く、撮影スタジオなどの設備や人材・ノウハウは豊富ですから、以前見た「スターリングラード」や「レジェンド・オブ・ヴィー」といったロシア産3D映画も非常によくできていました。

話はある日突然来襲したエイリアンの侵略ものです。これがまったく透明で見えないうえ素早く飛んでくるというゴースト状態で、これに触れられた人は朝日に当たったドラキュラみたいにたちまち灰となって消えてしまいます。
序盤ですぐに攻撃は始まり、あっという間にモスクワ全体が廃墟の街と化してしまいます。偶然生き延びた四人は無人の大都市を目の当たりにして呆然としますが、どこかに生存者はいるはずと、なんとかして故郷へ帰るために動き出します。

まだ若くサヴァイヴァル体験も無いながらも知恵を発揮してそれなりにエイリアン対策を考えながら移動していき、やっと生存者グループと合流することができます。そこで聞いた軍事通信で、原子力潜水艦がモスクワ川に来ており生存者を乗せて明朝出港予定ということを知ります。まだ外にはうじゃうじゃいるはずのエイリアンの目を避けてどうやって潜水艦までたどり着けるか…というのが後半の展開です。

映画としてはまったくのB級SFアクションサスペンスというところですね。しかし見せかたは意外とうまくて、話の流れも緩急つけてあり面白く出来ています。
エイリアンの光学迷彩の理屈などはサイエンスフィクションとしても与太話もいいとこという感じです。でもそれはたいして気にならないところがミソで、とにかくそういう敵なんだからどうしたらいいだろうと前向きにとらえられます。
人物像をあまり掘り下げていないところもかえって良くて、でもさすがにこの人あたりは死なせないだろうと思っていたら終盤に至ってやられてしまうなど、見る者を裏切る展開も盛り込んであって、脚本もよく練ってあります。

3Dのほうは、ちゃんとステレオカメラで撮ってあり立体効果もよく出ています。おそらく「ヴァニラ・スカイ」のようにモスクワで大規模に交通規制をして無人の市内を撮影してあるんだろうと思います。なにも動くものの無い空虚な大都市の様子は、3Dで描かれた空間がなかなかのスペクタクルです。
どのショットもきちんと撮ってあって、非常に教科書的なステレオ撮影と言ってもいいですね。例えば巨大な宇宙船がビルにぶつかって破壊するというような大掛かりなCGIのシーンがほとんど無くて、実写部分の多いところも気に入りました。
このブルーレイ3Dは出はじめのころのもので、レンタル版があるんで借りてきました。





211024

Ghoul 2015
「グール」

チェコ/ウクライナ映画で「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」の亜流です。アメリカのドキュメンタリー映画の撮影クルーがウクライナを訪れ、当地がスターリンの失政で大飢饉に見舞われた際に人肉食が行われたことの証言を記録しようとします。このことは歴史的事実であったようで、当時はソ連政府によって隠蔽されていたわけですね。
これと1980年代にこれまた同地で実際に起こった連続猟奇殺人事件をからめて、処刑された犯人の怨霊が撮影隊を襲うという話にしてあります。

三人のアメリカ人とウクライナ人通訳の四人が、インタヴューの場として指定された寒村の森の中の一軒家に入ります。案内人が「役に立つから」という理由で村の巫女を一人同行させます。しかし肝心の証人はいっこうに現われず、結局そのまま夜を迎えることに。ところが巫女が「霊がいるのであなたたちは帰ることができませんよ」と言い出し、全員でコックリさんを始めます。
まあその後はだいたい想像のつく通りの展開で、そもそもオカルトの取材で来たわけではない撮影隊は超常現象にうろたえるばかり、という感じです。

映画のしつらえは全シーンがこの撮影隊の残した複数のカメラから発見されたビデオ映像という形です。そのため画質は良くなくて手ぶれしまくっているというもので、「ブレア・ウィッチ」以降はある種定着した手法と言えます。
それでも独立プロとはいえ商業映画の撮影クルーという設定ですから一定以上の映像の質になっているし、内容も思わせぶりな演出でありながら「あ、そういうことだったのね」と流れがなんとなく理解できる “わかりやすい難解さ” にしてあります。その点、ただただ訳のわからなかった「ブレア・ウィッチ」に比べると大衆性がありそうです。この種の映画もいろいろとノウハウは積んできているようです。

実際この映画、低予算でありながらも手抜きはあまり感じられないところはあり、演出は抑えめです。撮影は見た目以上に大変だったろうし編集も意外と緻密であって、決してゴミ映画ではありません。以前見た「パラノーマル・エクスペリメント」(2013)よりはずっとましです。もっともB級ホラーには違いありませんから、わが国では劇場未公開でビデオソフトのみ発売というレベルですね。

それでこれ、ステレオカメラで撮影してあるんですよ。手持ちカメラのドキュメンタリービデオということなら3Dはおかしいんじゃないかと初め思っていたら、ちゃんと3Dディジタルカメラで撮影してありました。なにしろ劇中それが画面に出てきます(笑)。
ソニーのかなり小型の業務用二眼一体型3Dカメラで、実際これで撮影された映像ということになりますね。左右のレンズは見たところ5センチくらいしか離れていないのに、映像はけっこう立体感が出ています。ひょっとしたら変換の技術を使って立体感を強調してあるのかもしれません。

その点は興味深いものの、ただし映画は夜の場面も多いしぶれかたも激しいしで、見ていて面白い3Dになっているわけではありません。やはり小型カメラでずっと撮り続けているシチュエイションですから、映像がとにかく単調です。そのへんを割り引いて考えれば、悪くない3Dになってはいます。





211017

The Forbidden Girl 2013
「フォービドゥン~禁断の少女」

ドイツ映画で英語劇です。小ぢんまりとした古城を舞台に、狼男か吸血鬼か、はたまた魔女なのか悪霊なのか、なにやら得体のしれない血族の家にさ迷いこんで翻弄される若者が主人公です。結局のところこの青年も含めて全員が正体不明のままに終わり、そのオカルトの法則もさっぱりつかめないままエンディングを迎えるという消化不良な一本です。
とはいえそこの説明を特に求めないのであれば、ゴシックな雰囲気を味わいつつ適度にコワくミステリアスで、映像もわりと美しくてチープな感じがさほどしないなど、意外なほどに悪い印象は残らない映画です。

やはりわが国では劇場未公開のうえビデオディスクも出てません。でも今だとネット配信で見ることができるんですね。ブルーレイ3Dを見る前にせりふだけ読んでおこうと、初めて配信の映画をレンタルしてみました。アマゾンで48時間は何度でも再生できて200円という仕組みです。まあ、手軽といえば手軽です。私なんかはやはりソフトとして保存できないところがなんとも居心地が悪くて嫌なんですが、こういうふうにちょっと見るだけというのなら役に立つかもしれません。

さて映画のほうは、厳格なカソリックの司祭を父に持つ青年が訓示を受ける場面から始まります。生涯禁欲し悪魔を退けよという父の狂信的な説法を神妙に聞いていたかと思うとそのすぐ後にガールフレンドと密会しに行くというきかん坊です。しかし現場を父に見つかってしまい、このガールフレンドを悪魔だと称し焼殺してしまおうとガソリンを浴びせるなど騒然としたところで今度は本物の魔物が現れ、父は首を切られ少女は連れ去られてしまいます。
青年はショックで精神病院に収容され六年が過ぎた…というような出だしです。このオープニングからしてけっこうファンタジックというかおとぎ話的な描かれかたで、実はこの雰囲気が最後まで続いていきます。

退院後に紹介された仕事が、没落貴族の末裔かというような古色蒼然たる屋敷での家庭教師。番頭の男は見るからに妖しい堅物で、女主人は病気で臥せっています。教えるのは娘なのか養女なのか、ところがこれが連れ去られたガールフレンドにうり二つで、青年は本人に違いないと迫りますがはぐらかされてしまい悶々たる夜を過ごします。
ここらあたりの演出が作為的で、いろいろと推理できるようにつじつまを整えてあるわけじゃありませんから、見ていてなんだかよくわからない流れなんですね。

その後だんだんオカルト度が高くなってきて、どうやらこいつら全員化け物だぞということが見えてきつつも人間対悪魔の抗争の構図になってきません。少女の正体が依然として不明確なままだからで、観客は終始迷路を手探りで行く青年の視点で、夢か現実かわからない世界が描かれていきます。ストーリー展開は非常にあいまいで起承転結も不明瞭、登場人物たちのふるまいもなんだか腑に落ちない点ばかりという中途半端さです。
しかしあくまでもファンタシーだと思ってそれらの事がらを気にしなければ適度にマイルドなホラーであって、意外とデートコース向きと言えるかもしれません。ラストはあっけにとられるような惑星直列と淫祠邪教の魔法陣でフォースが覚醒しピラミッドパワーかなんかが虹の彼方にワープしていくような感じで終わります。

低予算ながら映像はけっこう美しく仕上げてあり、ヨーロッパのアンティークが好きな人には楽しめるところもあるプロダクションデザインです。ロケ撮影に使ってある森の屋敷のような石造りの城は、向こうにはけっこう残ってるんでしょうね。
しょうもない映画のわりに思いのほか印象が悪くないのは、3Dをちゃんと撮ってあるからでもあります。冒頭の教会での説教シーンも、おっというほど大きな空間をシンメトリーに映してなかなかいいですね。屋敷の庭園や古城の内部もきっちりと撮影して立体感を出してあります。

ひとつ残念なのは、総体的にきちんとステレオカメラで撮影してあり不足は無いものの、特に印象に残る3Dのシーンが無いというところです。あと一つ二つ見どころとなるような3Dの場面を作ってあったら良かったんですけどねー。





211010

Apartment 1303 2013
「アパートメント1303号室」

2007年の日本のホラー映画「1303号室」のリメイクだそうですがどちらも知りませんでした。怨霊の呪い・因果応報といったシャーマニズムや仏教理論と儒教の理屈をごっちゃにして拡大解釈した独特のホラー要素が、海外でも一時期受けていたことがありますね。このリメイク版でも、わが国で大量生産されていたオカルトホラーの演出をいろいろと引用してあります。
ただ監督は聞いたことの無い人だし、とにかく低予算のB級もB級、もうなにから何までテキトーです。脚本はいいかげんで話のつじつまが合ってないうえ演出もおざなりですから、役者の芝居も心なしかあまり気が入ってません。

出演者は知っている人が何人か出ています。大物というか元大物のレベッカ・デ・モーネイがアル中の母親役、娘姉妹の姉のほうがミーシャ・バートンです。バートンはこのとき二十代半ばで、すっかり大人で長身美女になっていて驚きました(笑)。端役ながら刑事のジョン・ディールもよく出てくる人ですね。まあ俳優の演技はどの人もわりとまともであって過不足はありません。
しかし制作側のやる気の無さは画面全体に及んでいて、特に目立つのが脚本と場面設定の管理がちゃんとされていないために起こる矛盾です。ひとつ前の場面ではあったものがカメラアングルが変わると無かったりとかいった、極めて初歩的なミスが多すぎることです。いいよいいよそんなの、て感じの現場だったんでしょうか(笑)。

話は平凡です。舞台はアパートの一室で、ここには母親を殺して自分は投身自殺した娘の地縛霊がいるわけですね。この部屋に入居した若い女性が過去に何人もバルコニーから落ちて死んでおり、それを知らずに引っ越してきたのがバートンの妹です。
さっそく地縛霊は妹をさんざん怖がらせたあげくまたバルコニーから突き落としてしまいます。そこから事件の謎を解くため乗り込んできた姉バートンの活躍が…といきたいところ、結局なにも解決しないまま妹とそのボーイフレンド、さらに母デ・モーネイの三人を殺した罪を着せられてしまうというバッドエンディングです。
まあとにかく突っ込みどころ満載の演出です。幽霊をはっきり目の前に見て、しかも実際にぶん投げられるわ殴られるわの危害を加えられているというのに、なにか気のせいに違いないとそのままその部屋のベッドで眠るなんて…そりゃないでしょ?(笑)

すべてがダメダメってことは、3Dも当然ながらだめってことです。ちゃんとステレオカメラで撮影され、エンドクレジッツにカメラの種類まで記載されている珍しい例だというのに、実際には立体効果がぜんぜん出てません。これはもうカメラマンが3Dのことをなにもわかっていないということで、よほど無能なステレオグラファーを雇ったみたいです。ステレオカメラの扱いかたを電話で説明を受けて、あとは自分流にやってみたというような感じでしょうか。
おまけに左右の画が入れ替わっている場面が少なからず見受けられましたから、この映画の制作サイドは3Dの理屈を本当に知らずにやっていたものと思われます。

この手のB級ホラーものは、興行の売りもののひとつとして3Dを採り入れるというのが一般的ですから、まあろくなものでないとしても不思議はなくて、これもまたブームに便乗した一本だったというにすぎません。
しかしそれでもB級映画にはB級映画の良さがあって、メイジャー映画には無い独立精神が感じられるものがあったりします。でもこの映画にはそのスピリットが無いんですね。プロデューサーは儲かりさえすりゃそれでいいということなんでしょうけど、いやー儲かったとはとても思えませんけどねー(笑)。





210919

Gemini Man 2019
「ジェミニ・マン」

おととしロードショウで見に行った李安(アン・リー)の3D映画を、ブルーレイ3Dで見直してみました。この映画、李が2016年の前作「ビリー・リンの永遠の一日」以来取り組んでいるハイフレイムレイト(HFR)撮影によるものです。
一秒当たり百二十コマの超高精細画像なんですが、ただしそのスペックで撮影されていても、そのまま上映できる設備がまだ世の中に無いという、ちょっと先行し過ぎの技術なんですね。まあいずれ映画の上映方式も規格が向上していくわけだし、初めから大きな器で作っておけば不測の事態があっても融通がきくだろうという考えかたでしょう。

Tジョイ博多のドルビーシネマは120fpsの映写機があり、現行の最高スペックで見ることができました。しかし撮影解像度が4Kなのに対しドルビーシネマは2Kですから、厳密にはやはり画質が落ちているわけですね。それでも初めて見たHFR映画、すごかったです。
そのとき私がここで書いた記事を読み直すと、その映像の素晴らしさに感心したことが思い出されます。特に夜間の月明かりのシーンの鮮明さ、水中撮影のクリアな臨場感ですね。また見る前に予想していたビデオ撮影の不自然な感触は、実際にはほぼ感じられなかったことが意外でした。

さてその後発売されたビデオディスクは、やはり日本盤のブルーレイ3Dはありませんでしたから、海外盤を購入して字幕版は2Dのレンタルで済ませました。
ブルーレイディスクの規格は2Kで普通24fpsです(この映画のような元が高精細画像のものなら30fpsで記録してあるかもしれません)。また次世代ディスクのUHDの場合だとこれが4K・60fpsとなります。ただしUHDには3D規格がありませんから、私にとっては必要のないものです。ちなみにUHDプレイヤーと4Kテレビを持っている玉城くんによると、普通のブルーレイディスクとUHDで映画を見比べてみてもたいして違いは無いんだとか(笑)。

それでブルーレイ3Dで再見したこの映画、ロードショウで見たときよりも楽しめました。話も当初感じたよりも面白く出来ているし、俳優の芝居も見ごたえ充分、映像の美しさは驚くほどです。なにより、3Dの効果が素晴らしいんですよ。まったくこれ最高と評してもいいほどに群を抜く出来ばえで、3Dに関してはほぼすべてのシーンが見どころと言えます。
これは劇場で見たときと少し違った感想で、ロードショウのレヴューで私は「見ていてほとんど3Dであることを意識してなかった」と書いています。それだけ自然な臨場感に撮れていたという意味です。
しかし今回ブルーレイ3Dで見てみると、圧倒的な立体感なんですよ。なにがどう違うからかはよくわかりません。見る位置からスクリーンまでの距離が家庭でのほうがずっと近いですから、それが関係しているのかもしれませんね。

李が2012年に初めて撮った3Dの「ライフ・オブ・パイ」は洋上での限られたシチュエイションだったのに対し、続く「ビリー・リン」では見事な立体空間を作り上げていました。それらで得た知見がこの3D三作目では存分に生かされたようです。やはり高精細画質による3D映像は素晴らしいです。
世界の都市を股にかけたロケイションで繰り広げられるハイパーアクションムーヴィーという枠組みながら、随所で “見せる3D” のショットが挿入されます。ファーストシーンからしてTGVの駅舎(ベルギーのリエージュ・ギユマン駅)をものすごい大空間で描いていて、ヴェンダーズの「もしも建物が話せたら」みたいです。
これは3Dをわかっている人でないとできないことで、ステレオグラファーはやはり「ビリー・リン」や「天才スピヴェット」、「ヒューゴーの不思議な発明」などを手がけた一流でした。

映画として二度目のほうが楽しめたというのは、演出の巧みさによるところが大きいですね。主人公がまったく互角の実力の自分のクローンと対戦するというまんがのような設定は、初め見たときには少しばかげているように思えたものです。しかしもう一度見る今、そのことはさほど気にならず、非人道的な軍需産業の生み出したマシーンとして抽象的にとらえることができました。
そうなるとこれほど上手くなるとは思ってなかったウィル・スミスの厚みのある芝居や、今回特に感じた悪役のクライヴ・オーウェンの複雑で重層的な人物像がクローズアップされてきます。

また「ミッション・インパッシブル」シリーズやジャック・リーチャー・シリーズ、「96時間」などのような、凄腕の主人公に加えて頼りになる相棒がバックアップしてくれるという一種のバディムーヴィーになっていて、実際にはありえないような方法で世界各地を飛び回る、007シリーズのような様相です。
本作での相棒その一は元は主人公の監視役として諜報機関から派遣された女特殊工作員で、陰謀に巻き込まれる形で味方になります。メアリー・エリザベス・ウィンステッドという女優ですけど、フィルモグラフィを見ると何本か脇役で出ているのを見てますね。でもまったく記憶にありません。しかしこの役にはずばりはまってます。
相棒その二がベネディクト・ウォンで、この人もいいですね。香港映画によく出ているような印象がありますけど実はイギリス出身で、出演しているのは米英の映画ばかりです。

やはり李安の実力には目を見張るものがあります。次回作も高画質の3Dになるのかどうか、この二年近くで起こった感染症騒ぎで映画業界にも大きな変革が訪れましたから、予断を許さないですね。おそらく今後の映画は配信公開が大きな柱のひとつになってくるし、特にパッケージメディアですね。
DVDやブルーレイディスク・UHDは下火となっていき、超高画質の商業映画は4K8Kテレビでオンラインで見るしかなくなるんじゃないでしょうか。なんだか音楽ソフトが配信のみでCDが出なくなるなんていう話みたいで嫌なんですけどね、まあどっちにしてもすでにブルーレイ3Dは過去の技術になりつつありますから、細々とマニアックに楽しんでいきます(笑)。





210912

Ostra Randka 2013

ポーランド映画です。ポーランドの映画作家といえばアンジェイ・ワイダが最も高名で、次いでロマン・ポランスキーが国際的に活躍していますね。他にも「トリコロール」三部作のクシシュトフ・キエシロフスキーなど、近年でもわが国では意外と少なくない本数のポーランド映画が公開されています。
でもそれらはやはりアートシアター系の映画ばかりですね。共産国時代からの歴史ある産業のひとつですからさまざまなものが作られているに違いないとはいえ、普通の娯楽作となると米英の映画を差し置いての出番などありません。

それで今回見たのは完全に犯罪アクションエンターテインメント作です。もちろん低予算のB級映画であり、もしこれがここ数年に作られていれば、ひょっとしたらわが国にも輸入されビデオが発売されていたかもしれません。吹き替えなら見る人もきっとアメリカ映画と区別がつかないでしょう。要するにごく普通の、どこにでも転がっているような映画ってわけです(笑)。

ちゃんとステレオカメラで撮影された3D映画だというので、せっかくブルーレイ3Dが出ているのならとちょっと探してヨーロッパ盤を取り寄せました。東欧語で書かれているのでさっぱり読めません。アラビア語みたいなのと違ってアルファベットは読めるのに、どう発音すればいいのかまるで見当がつかないですね。せりふを聞いているとロシア語のようにしか聞こえません。
タイトルの「Ostra Randka」は、randkaがデートの意味です。ostraのほうが、自動翻訳の直訳では「辛い」と出るんですね。英語訳してみると「スパイシー」となったり「シャープな」となったりで、日本語の「辛い」と同様いろいろなニュアンスがあるようです。英題は「Bloody Date」で、少々直截的です。

話はちょっと物騒で、臓器売買グループに拉致され腎臓を取られてしまったヒロインが、ポリ袋に入った自分の腎臓を持って決死の脱出を図るというものです。怖いですね臓器密売。
夜のデートの最中、浮気者のボーイフレンドの振る舞いに呆れて居酒屋からひとり出てきた彼女は、臓器の調達屋にうまいこと言いくるめられたあげく捕まって眠らされてしまいます。気がついたらホテルの一室で、すでに自分の腹は割られていて血まみれ。

絶望と恐怖のどん底に落ちながらも見張り役の若いやくざをやっつけて(!)、とりあえずぱっくり開いた腹の切り口をホッチキスで塞ぎ(!)、部屋に戻ってきた調達屋の目を逃れるためささっとベッドの下に隠れ(!)、最後はなんとか助けに来たボーイフレンドの車で病院までたどり着くという段取りです。そのへんいかにもご都合主義的な流れというところながら、まあそれほど悪い演出でもありません。主演の調達屋のやくざは、おそらくあちらでは人気のあるヴェテラン俳優なんじゃないかと思わせる感じです。

プロットからいくと相当なスリラー度のはずなんですが、息を飲むような緊張感があるとは言えません。単に演出力が無いためか、あるいは意図してのことかもしれないです。というのもこの臓器売買グループの調達屋が間抜けな奴で、計画性が無く行き当たりばったりのあげく女に逃げられてしまうという体たらくなんですね。
決してコメディではなくシリアスなドラマです。しかし、バーの亭主持ちの女と駆け落ちしようと大金を稼ぐための誘拐と臓器密売、これが結局思うようにいかず最後は消されてしまうという哀れな男を描いてあるんですね。

せりふは少なく、英語字幕が付いているのでストーリーはわかりました。最後の最後で、ヒロインの腎臓はまだ切り取られる前でちゃんと体内に残っており、ポリ袋の腎臓はその前の犠牲者のものだったことが明かされます。
一流の映画とは言えないものの、クズ映画と切って捨てるほどのものでもありません。普通の出来のサスペンスものです。

それで肝心の3Dのほうはというと、これがちょっと残念な出来でがっかりです。全体に画面が暗く、意図的に画質を落としてロウファイ気味にしてあるため、立体効果が出にくいんですね。なにか変換3Dなんじゃないかと思えるような感じでした。
昔の立体映画のように、こちらに向かって物を突き出してくるような見せかたは無く、あくまでも画面を自然に見せようとする撮影のしかたです。それでももうちょっと工夫すれば、バーのシーンやホテル内の様子など、もっと奥行きを出せたんじゃないかと思います。





210822

Totò 3D: Il più comico spettacolo del mondo 1953

イタリアのコメディで、同国初の3D映画だそうです。モノクロだろうと思っていたらカラーだったんで驚きました。しかも色彩は非常に鮮やかでなおびっくりです。1952年のアカデミー賞を受賞したハリウッド大作「地上最大のショウ」のパロディになっており、主演は当時の大人気コメディアンのトト(アントーニオ・デ・クルティス)。ブルーレイ3Dのタイトルがこの俳優の名前で映画本来の題名が副題扱いですから、それほどこのコメディアンが高名であり、映画自体はさほどの出来ではないことがうかがえます(笑)。イタリア語の原題はThe Funniest Show on Earthの意味です。

トトは映画俳優としては1930年代後半から没する1967年まで百本近くの短編長編に出演しています。その名はまったく聞いたことも無かったわけですが(意外にも日本版ウィキペディアには単独ページがあります)、全盛期の映画はわが国では公開されてませんからそれも当然と言えるでしょう。日本人に例えればちょうど榎本健一に相当するところなんじゃないかと思います。
実際ブルーレイ3Dを見てみても、おかしな顔のひょうげたおっさんという以上の面白さは感じませんでした。おどけた仕草とおおげさな顔の表情で笑わせる、古典的なコメディアンのようです。

監督のマリオ・マットーリと "Totò" の二つのキーワードで検索すると、「ニュー・シネマ・パラダイス」がヒットしたんですね。そういえばあの映画の主人公の子どもはトトという愛称で呼ばれていたし、パラダイス座でマットーリ監督・トト主演の映画がかかっているシーンもあるそうですから、トルナトーレがオマージュを捧げていることは明らかです。

話のほうはやはりサーカスが舞台となっており、ピエロのトトはアトラクションの人形役から果ては猛獣使いの代理としてライオンの檻に入れられたりもします。そういうところは典型的なドタバタであって、特に感心するところもありません。
しかし本物のサーカスを呼んできて撮影してありますから、象の曲芸などは単純におーすげェと手を叩きたくなってくるし、空中ブランコも特撮なしで迫力があります。観客としてアンソニー・クウィンやシルヴァーナ・マンガーノがカメオ出演しています。

ただ日本語字幕がありませんから、これがさっぱり筋がわからないんですね。イタリア盤で英語字幕も付いてません。トトはなぜか刑事から追われており、素性を隠すためにピエロとなって厚化粧しているようです。でもその理由はわからないし、後半になるとかなり長時間にわたって寸劇が演じられます。サーカスで舞台劇をやるというのも変ですから、やはりトトの見せ場として無理やり仕立てた演出でしょう。
まあこれまた吉本新喜劇か「8時だヨ全員集合」かというようなドタバタで(終わりかたが完全に一緒)、せりふがわからないとどうにもこうにも面白くありません。

そこはしかたないとして、では肝心の3Dのほうはどうかというと、ちょっと残念なところがあります。左右二台のカメラがうまく同期できてないショットがわりと多く見られ、その部分はなんだか安っぽい変換3Dみたいに見えるんですね。被写体が左右に動くところで3Dが奇妙なヴィジョンになります。ワンシーンだけ左右の画が入れ替わっていたところもあります。初めての立体撮影ということでまだノウハウが乏しかったというところでしょうかね。オリジナルのフィルムの製作会社はパラマウント・イタリーです。

もっとも基本的には良好な立体効果が出ていて、全体としてはまずまずと言っていい出来で一見の価値はあります。かなり大きなテント内部を見上げる角度で空中ブランコを見せるショットは大空間がきちんと描けていてなかなかのものです。顔に近づきすぎてピンぼけになっていることも何カ所もあるとはいえ、まあけちをつけるほどじゃありません。
なにより色彩が美しく、柔らかい色調は今では再現できないであろうクラシック映画特有の感触です。フィルム傷がまったく見当たらないので、よほど状態のいいネガが残っていたんでしょう。

このブルーレイ3Dはイタリアの会社(フィルマウロ、映画のプロデューサーであるルイージ・デラウレンティースが設立)が独自にリストアを行ってリリースしたもので、3-D・フィルム・アーカイヴは関与していません。ディジタルリストレイションはチネチッタ・ディジタル・ファクトリーが手がけています。
もしフェリーニが3Dでサーカス映画を撮っていたら、きっと見ごたえのあるものになっていたんじゃないかと思えますね。





210815

Taza, Son of Cochise 1954
「アパッチの怒り」

いわゆるインディアンを主人公とした西部劇です。ターザという名前はなにかターザンのもじりだったりするのかという印象ですが、調べてみたら実在の人物でした。アパッチ族(のうちのチリカワアパッチ)の指導者・コチーズの息子で、アメリカ合衆国にとっても重要な一族です。
コチーズは侵略者である白人の騎兵隊との戦闘を指揮しつつも和平を模索した偉大なチーフとして知られていて、多くのドラマに描かれています。また跡取りの二人の息子も同様に高名で、史実としてはターザは短命だったため、一般的にはむしろ弟のナイーチのほうがコチーズの後継者として著名です。
この映画は、あまり語られることの無いターザをヒーローとして描いてみたということのようで、話自体はフィクションです。

とまあ、ウィキペディアなどでにわかに調査した結果をまとめたのが上段であり、実際はそれまでアメリカ先住民としてのインディアンについてはほとんど知りませんでした。ちょっと調べただけでも、いかにこのことについて何の知識も無かったのかということを痛感します。
まあ、それほど日本人にとっては無縁な存在だということでしょうか。特に私などは西部劇を好んで見たことが無いので、そういった紋切型のインディアンの描かれかたすらあまり知らず、本当に断片的なイメージしか持ってなかったわけですね。

最初に字幕なしで見てみたときには、こりゃ一体どういうことだろうという展開になっていってなかなか話がつかめませんでした。チリカワアパッチの部落に合衆国軍の騎兵隊がなんのとがめだても無く入ってきてターザと親しく会話をしたり、途中からターザはなんと騎兵隊の制服を支給されそれを着て敬礼までし始めます。
そのあといろいろ調べてみたら、なるほどそういうことだからか、と合点がいくわけだとはいうものの、やはりアメリカの歴史を知らないと、こういった見るもの誰もが知っていることを前提に作られたドラマはちんぷんかんぷんですね。きっと欧米人が日本の時代ものを見ても、それに近い感じでしょう。

話としては、コチーズが合衆国と交わした和平協定によって一応の休戦状態にあった部落で、コチーズの病死によって再び好戦派が反逆ののろしを上げるというものです。兄ターザはコチーズの遺志を継ぐことが当然と考えたところが、弟ナイーチは同盟部族の長ジェロニモと共に協定を無視した行動に出ます。
有名なジェロニモがチリカワアパッチと協力していたことは事実のようで、メキシコ国軍と長く闘争を続けたそうです。しかし本作で描かれているのはフィクションで、クライマックスでは兄に反抗したナイーチは撃たれて死亡してしまいます。50年代前半には、まだ正確な史実はアメリカでも詳しくは知られていなかったのかもしれません。

興味深いのは、アメリカンインディアンが主役として描かれた西部劇があるということで、やはり演出としては先住民・侵略者双方に大義があり、それは不条理だがしかたのないことだという語り口であるところです。
後年になって「ダンシズ・ウィズ・ウルヴズ」(1990)や「ラスト・オブ・ザ・モヒカンズ」(1992)のような、インディアン側からの視点を盛り込んだヒット作が出てくる先鞭となったものと言っていいんでしょうか。
もっとも1950年代からすでにそういった描かれかたをした西部劇はあったようで、調べているとジェイムズ・ステュワート主演の「折れた矢」(1950)がその最初期のものだそうで、機会があったら見てみたいですね。

それでこの「Taza」、娯楽映画としては映画史上の名作というわけにはとてもいかない出来ではあります。ターザ役はロック・ハドソンなんですね。3D西部劇「Gun Fury」(1953)にも出ていました。ハドソンはわが国でも人気があったのかどうか、「アパッチの怒り」という邦題で少し遅れて1962年に劇場公開されています(おそらく2Dのみ)。
アパッチたちが全員英語で話すところはまだいいとして、アメリカンインディアンの習俗をどこまで綿密に描いてあるかはさっぱりわかりません。しかし当てずっぽうながら映画を見た印象では、葬儀の模様や婚礼のしきたり、神に祈りを捧げる舞踏、部落の家屋など、それなりの考証を経てのものじゃないかと思えます。当時のアメリカ人の観客にとっても、目新しいシーンが多かったかもしれません。

今回見たブルーレイ3Dも「Wings of Hawk」同様、3-D・フィルム・アーカイヴがディジタルリストアを手がけたユニヴァーサル映画で、いずれもテクニカラーです。しかし本作は「Wings of Hawk」よりも現存するネガもしくはプリントの状態が良かったようで、色彩は良好です。ただこちらのほうは、立体効果が今ひとつだったんでちょっと残念ですね。
撮影はロケ中心で、広大な平原や岩山などがふんだんに出てきます。しかしいずれも、もっと立体感が出せたんじゃないかと思えるようなショットばかりでちょっと物足りないんですね。画面の手前にものを配置して奥行きを出そうと工夫してあるのはわかるものの、3Dに対する考えかたが少々おざなりな感じを受けます。暗いシーンが多いのも3Dにとってはマイナスです。

ちなみにモノクロのネガフィルム三本を使ってRGBを別々に撮影するスリーストリップ方式による “本物の” テクニカラーではありません。スリーストリップ式のテクニカラーで撮影された立体映画は「Money from Home」と「Flight to Tangier」(いずれもパラマウント・1953)の二本だけといわれています。どちらも今のところブルーレイ3D化される予定は無く、パラマウントは高額の費用がかかるスリーストリップネガのディジタルリストアには消極的だとか。残念。





210808

Wings of the Hawk 1953

3-D・フィルム・アーカイヴがディジタルリストアした西部劇です。わが国では劇場公開されておらず日本語版ビデオソフトもありません。話自体はわりと平凡なものだし、また描かれている舞台が革命下のメキシコですから、この手は日本では受けないのかもしれません。
主演はヴァン・ヘフリンという俳優で、名前を聞いたことも見たことも無かったんですが、フィルモグラフィを見てみるとこれと同じ年に「シェイン」に父親役で出ています。また最後のほうでは「大空港」の爆弾犯もやっていて、スチルを見たらああほんとだという感じです。二枚目でもなんでもないおっさんで、一人ヒーロー映画としては意外な気もします。
それとヒロインがジュリア・アダムズですね。この翌年に「大アマゾンの半魚人」に出ていて3D映画ファンにはおなじみです(笑)。

メキシコの地で金鉱山を掘っていた主人公はついに鉱脈を発見、バラ色の未来が開けてきたと思った矢先、腐敗した政府軍の将校がこれを横取りしようと乗り込んできます。なにせ相手は軍隊ですから、なすすべもなく鉱山を追われ犯罪者として指名手配までされてしまう始末です。
部隊に追われているときに偶然反政府ゲリラと鉢合わせになり、ドンパチの末主人公はゲリラに拾われて秘密基地に連行されます。そこで指導力に問題のある頭目を追い出すなどメキシコ人たちの信頼を得て、この政府軍のワル将校をやっつける大作戦を計画…というような流れです。

一時間二十分のプログラムピクチュアとしてはストーリーにひねりもあって悪くないといえばまあ悪くないものの、特によく出来た映画とも言えません。ヒーローはことさらスーパーマンに仕立ててあるわけではなく、親しみのある人物像になっているところはいいですね。
それほどぎらぎらしたキャラクターではなく、復讐のため正義のため人民のためといった動機は特に無くて、どちらかというと成り行きでそういう結果になったというところが感じられるのが物足りなさの要因でしょうか。

そういうふうで話はまずまずのこの映画、しかし3Dはけっこういいです。多くのシーンがロケ撮影で、起伏のある高原地帯の引きのショットが非常に立体感が出ていていいんですね。平原や荒野と違って灌木やら大きな岩やらが点在してますから、それらを効果的に画面に配して奥行きを出してあります。
また追いかけられるところのホースチェイスのシーンが見ごたえがあります。スクリーンプロセスなどの特撮を用いないで、実際に馬を走らせその横を移動するカメラで撮ってあります。カメラがほとんどぶれてないのが凄いです。主人公の俳優もほんとに乗馬しているなど、迫力満点です。さすがに西部劇での演出については撮影班に豊富な経験があるっとことでしょうね。立体感もちゃんと出ているし、鉱山の爆破シーンもうまく3Dで撮ってあります。

少し惜しいところがフィルムの質があまり良くないところで、全体に若干退色気味です。ひとつのシークエンスで色合いがじわじわ変化していくなど、リストア前のフィルムは相当状態が悪かったことが見てとれます。でもこの時代のB級映画としてはこれが普通のコンディションかもしれません。こうしてブルーレイ3Dで見ることができるのは素晴らしいことです。
ディスクには特典映像として、珍しくカートゥーンが入っています。ユニヴァーサルの人気キャラクター、ウッディ・ウッドペッカーの「Hypnotic Hick」はやはり1953年作で、3Dだったんですね。平面アニメの3D化は書き割り状態になってしまってあまり面白くありません。しかしそのわりには高層ビルの建築現場を舞台にするなど工夫をしてあって意外と楽しめました。





210718

奇門遁甲 2017

徐克(ツイ・ハーク)が脚本と製作を担当し、監督は「マトリックス」や「キル・ビル」のアクション監督として香港から招聘されたことで知られる袁和平(ユェン・ウーピン)が務めています。袁はスタント出身の香港映画界のヴェテランであって、武術指導だけでなく監督作も多く、成龍の1970年代のカンフー出世作も監督しています。
従来のイメージでは、この二人が組めばB級路線まっしぐらの馬鹿げたアクションものに決まりというところでしょう。しかし二人とも近年は活動の場が広がり、元々持っているキッチュな感覚が洗練の度合いを高めているようです。この最近作はなかなか見ごたえのある面白いものに出来あがっていて、わが国で劇場未公開しかもビデオソフトすら発売されていないというのはちと腑に落ちないほどです。

タイトルは古代中国の方位学・占星術のひとつだそうで、これを宇宙からの侵略ものに拡大解釈したSFファンタシーになっています。始皇帝が作ったという秘密武侠集団が主人公で、いってみれば「スパイ大作戦」のIMFのような組織です。これが数日前に宇宙から飛来したガラダマから恐怖の大魔王が出現することを察知、すでに先遣隊として遠い昔にやってきたのち地中に鎮められているもうひとりの大魔王とのタッグとなることをなんとしても避けるため活動開始します。
キャラクター配置は組織のナンバー1からナンバー3までを別々の舞台で動かして話をふくらませているところがうまいですね。映画はナンバー3である女リーダーをメインキャラクターとして、外部から加わってくる二人のメンバーをまた上手く描いてあります。

映画のスタイルとしては徐の監督作である狄仁傑(ディー・レンチェ)シリーズと同じといってよく、これに少しコメディタッチを加えた感じです。周星馳(チャウ・シンチー)と組んだ西遊記ものの雰囲気も採り入れています。
アクションは基本的にワイヤーを多用した京劇的な演出で、これを派手にCGIで盛り立ててあります。ワイヤーアクション・CGIともにものすごいレベルになっており、先週見た「魔界戦記~雪の精と闇のクリスタル」とはまるで次元が違っています。CGは化け物だけでなく渦巻く火や水などの特殊効果が多くて、これも良く出来てますね。特に煙の描写がすごいです。

さらに特筆されるのが3Dです。これが抜群の出来であり、徐が監督・製作でかかわった3D諸作の中でも最高の立体効果が出ていてまったく堪能しました。全編にわたり徹底してパンフォーカスの画面を構成してあり、構図もいちいち立体感を意識した画作りです。3Dだけに着目したとすれば、ほとんどすべてのシークエンスが見どころになっています。これはまったく見事です。
「ドラゴンゲイト~空飛ぶ剣と幻の秘宝」(2011)、「ライズ・オブ・シードラゴン~謎の鉄の爪」(2013)、「王朝の陰謀~闇の四天王と黄金のドラゴン」(2018)などいずれも見ごたえのある3Dになってましたけど、それでも人物のアップのシーンでは背景をぼかしてあることが多かったんですね。ところが本作ではもう可能な限りすべてにフォーカスを合わせてありますから、ものすごい立体空間の連続です。

ステレオグラファーは徐の常連で狄仁傑シリーズ二作を担当した二人組が、本作でも引き続き3D指導をしています。今回は好きなだけやっていいよと言われたのかもしれません。
CGIを多用してはいるものの、基本的にスタジオやロケでわりと広い実写空間があるみたいです。秘密基地の洞窟内部や宿屋のアトリウム、長安・洛陽の街の様子などのリアルな空間が描かれています。特に森の中の場面は奥の奥まで実写のようで、ここもすごいですね。
娯楽映画の分野では、3Dで徐の右に出るものはちょっといないでしょう。

俳優の演出はちゃんとしていて、見ていてばからしくなってくるようなところはぜんぜんありません。コメディ部分もぎりぎりのところに抑えて猿芝居になってないところがいいですね。かつての香港映画とはまったく様相が違ってきて、むしろそこが物足りないくらいです。狄仁傑シリーズでのような、なんじゃこいつらはと吹きだすような扮装の怪人たちはあまりいないんですよ。
でも殺陣はけれんに満ちたアクションで、なにかタランティーノに見せびらかしたいために作った映画だというのが真相かもしれません(笑)。

袁の監督作はまったく見たことがなかったので、これの前に撮った「グリーン・デスティニー」の続編だという「ソード・オブ・デスティニー」(2016)をちょっと見てみたくなりました。楊紫瓊(ミシェール・キング)が同じキャラクター役で、甄子丹(ドニー・イェン)も出ています。





210711


鍾馗伏魔: 雪妖魔灵 Zhongkui: Snow Girl and the Dark Crystal 2015
「魔界戦記~雪の精と闇のクリスタル」

天界と地上そして地下の魔界と、世界は三界に分かれており…という説明から入るアクションファンタシーものです。中国には古くからこういった伝説的な世界観があり、基本的には道教に基づくものらしいです。八百万の神がさまざまおり、ヒエラルキーもはっきりしていてほとんど行政機関の体をなしています。
そのトップが玉皇大帝で、「西遊記」を読むとその役割がよくわかります。人の生死のスケジュールから雨風の吹かせかたにいたるまで、すべてその命令書に天帝の判子が無ければ世の中動かないようになってるんですね。玉帝は毎朝出御して政務にあたっておられるそうです(笑)。

この映画でも開巻まずは玉帝が天馬に引かれて登場(監督の鲍德熹が特別出演)、近々に地上に訪れる厄難をたれかよきように…と宣託を下します。この役を買って出たのが張仙人(趙文瑄、ウィンストン・チャオ)で、この人わりと普通に人間界に姿を現して村人から崇められてるんですね。そこで、今年の盆は千年に一度の魔界転生の日にあたり危険なので心して迎えよと警告を発します。
対策として警護隊長の鍾馗に特命を与え、鍾馗は魔界に潜入して重要アイテムのパワーストーンの奪取に成功、これを村の保管庫に安置します。中には麒麟がいてこれを守ってくれます。まあそんなような設定で、これから仙人率いる軍団と魔物との戦争になっていくわけです。鍾馗は妖魔と化しつつ人間の味方として戦うというあたりは「デビルマン」を思わせます。

主役の鍾馗(しょうき)というキャラクター、私は知らなかったんですが有名な人だそうですね。七世紀ころの実在の人物とされていて、後に唐の皇帝の夢に現われ病気を治してくれたということで神格化されたそうです。わが国の風習にも採り入れられて、端午の節句にその絵を奉納するなどわりと親しまれているんですねー初めて知りました。ただ、この映画での話はどうもまったくの創作であり、その主役に誰もが知る鍾馗を据えてわかりやすくしたというもののようです。
鍾馗役に「ロスト・レジェンド~失われた棺の謎」に出ていた陳坤(チェン・クン)、ヒロインの雪妖に「バイオハザードV・リトリビューション」の李冰冰(リー・ビンビン)、仙人はかつて「ウェディング・バンケット」に主演した趙文宣(ウィンストン・チャオ)です。

それでこの映画、いくつか問題点があって、結論を言うと及第点以下です。予算規模はおそらく相当のものだとは思えますけど、まあこれで精いっぱいというとこなんでしょう。なんといってもヴィジュアル面での中心となるCGがまるでだめだめで、まったく子どもだましの水準です。ハリウッド大作の特典映像のメイキングに、よく撮影前の絵コンテとしてプリビズが出てきますね。あのレベルなんですよ。2015年の映画ですから、CGIも発展途上なのかというともうそうでもないでしょう。
なによりダークヒーローである鍾馗のデビルマンモードがぜんぜんかっこよくなくて、ウガウガ言ってるだけの声もちょっと情けないです。圧倒的なパワーを見せつけてほしいのに、そこの最も重要なアクション演出が出来てません。水中シーンだけは良かったです。

それから3Dですね。実写の部分はちゃんとステレオカメラを使って撮影してあります。しかし、どのショットでもあまり立体効果が出せてないんですよ。これはおそらく、意図して抑えた3Dにしたんじゃないかと思います。きちんとパンフォーカスにしてある画面でもあんまり奥行きが出てませんから、観客の目に負担がかからないように無難な仕様にしたということかもしれません。残念です。
中盤の鍾馗の覚醒場面では、大陸奥地の山水図や広大な茶畑の空撮があって、これは素晴らしい高精細映像で立体感もありました。3Dで良かったのはここだけですねー。

筋立てや演出も近年のハリウッド人気作からのパクりが甚だしく、見ていてあーこりゃ「ロード・オブ・ザ・リングズ」そのまんまじゃないかとか、今度は「アナと雪の女王」かいとか、受け狙いの要素をふんだんに盛り込んであります。ラストショットは「マトリックス」です。
それぞれの消化のしかたは「がんばりましょう」レベルというところでしょうか(笑)。いやまあ、皮肉抜きでもそんな感じで、これから中国映画ももっと向上していくことでしょう。
いっぽうラヴストーリーのほうは意外とうまく出来ているといっていいと思います。昔からある、住む世界の異なる者同士の道ならぬ恋というわけで、最後はどうしたって悲恋になっていくとはいえ、その見せかた語りかたですね。おそらく、この映画を見た女性客の多くは満足したんじゃないかと想像できます。

かつての冷戦時代のような単純な勧善懲悪ものは今やはやりませんから、悪者には悪者なりの大義があるというような描きかたがここでもされていて、それはいいんじゃないでしょうか。千年に一度、魔物が黄泉の世界から大挙攻めてくる…のではなく、堕ちた者どもにとっては千年に一度しか転生のチャンスが与えられてないんだからうちらも必死でがんばってます、というようなことなんですね。
仙人にしても、わりと早い段階で、こいつなんかクサいぞという見せかたをしていて、実際そうなるわけですね。「ミッション・インパッシブル」以降はもう当たり前のようになった手法です。
俳優の芝居は大げさなところが無く大根もいません。それだけに、プラスの部分を全部帳消しにしてしまうCGの稚拙さがまったく致命的なんですね。





210620


冰封俠 重生之門 2014
「アイスマン」

甄子丹(ドニー・イェン)の主演・動作指導によるSFアクションもの香港映画で広東語です。明時代の軍人が雪崩に遭って氷漬けになり、四百年後の現代に蘇るという荒唐無稽な話です。二部作のこれがパート1になっており、どうも第二部では当時インドに遠征した錦衣衛部隊が持ち帰ったタイムマシーンが発掘され、その鍵を持っていた主人公と悪者が時空を飛び越える…という展開になっていくようです。
第一部は3D映画として制作されながら第二部は通常の2Dのみということで、私としてはまるで面白くもなかった話にこれ以上付きあうつもりはありませんから、事の顛末は不明のままです(笑)。

甄子丹は「イップ・マン」で知られる人気俳優で、カンフーアクションの演じ手と武術指導の両方で高く評価されているようです。しかし私にはあまりなじみが無くて、李小龍の師匠の葉問(イップ・マン)を映画化した一連のシリーズは王家衛(ウォン・カーウァイ)の「グランド・マスター」(2013)しか見てないんですね。
今回見た「アイスマン」も、主役としてもアクションの出来ばえもそれほど感心するところなく、他のものもなにか見てみようという気にはなりませんでした。「モンキー・マジック~孫悟空誕生」(2014)で孫悟空を演じたときはとても良かったんですけどね。

話のほうは、氷漬けになった明の軍人三人がなぜ今になって発掘されたのかや、警察幹部の悪人がどのようにこの件に関与しなにを行おうとしていたかといった核心部分がすべて第二部に持ち越しになって終わってしまいます。続けてパート2の「アイスマン~宇宙最速の戦士」(2018)を見れば面白くなってくるのかもしれません。でもたぶんそうはならないと思います(笑)。
それにこの映画、半分コメディの演出になっていて、やはりそのへんなんだかふざけた感じが今ひとつです。アクションがすごければコメディとの相乗効果がありますが、それが無いわけですよね。

さらに、3Dもダメときてますから、いいとこありません。この映画は見る前からその多くが変換3Dだということは知ってました。しかし一部の場面でたしかにステレオカメラで撮影がされているには違いないので、そのシーンだけでも見てみようかいと香港盤ブルーレイ3Dを見てみました。
ところが、本当にほとんどすべてが変換3Dだったみたいで、ここが本物の3Dだなとわかるショットはありませんでした。たぶん香港の街並みを俯瞰撮影した空撮などのセカンドユニットが3Dだろうと思います。
つまり映画の製作側はもともと本ものの立体映画にするつもりは無くて、試しにいくつか撮ってみて、こりゃ大変だからやめとこうということになったんだろうと思います。それで売りものの要素を加えるために残りの本編を変換3Dにして公開、ある程度の手ごたえを感じての第二部はもうわざわざ3Dにする必要などない、といったところでしょう。

ほんとに変換3Dて見てもちっとも良くないんですよね。
そういうわけで本作は私としてはまったく論評の対象外です。尖沙咀(チムサーチョイ)や油麻地(ヤウマーテイ)、銅鑼湾(コーズウェイベイ)に赤柱(スタンレイ)・沙田(サーティン)など、香港各地でロケがされているところはちょっとした観光映画にもなっていて、そこは良かったです。





210613

白髮魔女傳之明月天國 2014
「白髪妖魔伝」

中国の人気小説を原作とする武侠ファンタシーものです。徐克(ツイ・ハーク)が美術監督を務めているのと、主演が「X-メン~フューチュア・パスト」(2014)に出ていた范冰冰(ファン・ビンビン)という以外は監督以下知らない人たちばかりです。タイトルからはオカルト的な要素があるようにも見えて、実際は魔女と呼ばれ畏れられた義賊の女頭領はまったくの人間として描いてあります。

武門の次期後継者と目されるほどの高弟が朝貢の使節に任命され上京します。折しも即位直後の皇帝は病の床にあり、これに利く秘薬を献上したものの皇帝の側近が悪者なんですね。薬を皇帝に与えずまんまと崩御させ、あれは毒薬だったと武当派に濡れ衣を着せます。ここからこの高弟が下手人とされ追われることとなり、朝廷と軍の黒幕がさまざまに暗躍します。
高弟は帰り道に偶然出会った義賊の女に惹かれ、騒動に巻き込まれながらも義賊一味と合流、難攻不落の要塞・明月寨に入る…というような流れです。

おそらく話の筋は向こうの人はみんな知っているってことでしょうか。かなり複雑な状況設定をプロローグで一気に語っていて、一回見ただけじゃつかめない感じです。日本盤ブルーレイ3Dは出ていないので香港盤を買って、せりふをまずレンタルDVDで見ました。そうすると、次に3Dで見たときに、ああそうかなるほどねてな具合で二回目のほうが楽しめました(笑)。
もっとも、これが面白い映画かというとまあ人に勧められるほどのものではありません。しかしいろいろと見どころがあって、B級大衆活劇ものとしてはよくできているほうだと言えます。
主人公の二人、武当派の高弟と義賊の女頭目(この人が途中で白髪に変化)が映画を完全にリードしているんですが、不思議なことにどちらも今ひとつキャラが立ってないというか、出ずっぱりのわりにはそれほど魅力ないんですね。

むしろ周りの味方・悪役らのほうに印象に残る人物が多いんですよ。元は追手であった捜査部隊のリーダーは、義賊集落に潜入し機をうかがっているうち、そこにいたみなしごを保護し面倒を見始めます。そうすると本来情に厚い人であり、大局に鑑みてむしろ義賊を助けるのが民のためということになっていくんですね。そのあたりの心境の変化をうまく演じていて捨ておけない感じです。
黒幕のひとりである皇帝付きの宦官にしても根っからの腹黒ともいいきれず、健気な娘に対しては子煩悩なところを見せてこれまた “憎みきれない悪者” に描いてあるところなどもなかなかです。
演出はこの手の中国映画に多い、大げさな身振り手振りのせりふ回しが無くて、抑制された芝居にしてあるところもいいですね。

いっぽうで肝心のアクションの部分が物足りません。ワイヤー使って飛び回り派手にチャンバラをする場面はふんだんに盛り込んであります。ただ、あまり迫力が無くてわりと平凡なんですね。
むしろ力を入れてあるのが主人公二人のメロドラマのほうで、終盤ともなるとほとんど昼メロ状態です(笑)。最後はなんと心中して星空にワープしていくという、ここまでウケ狙いいくか? というようなラストシーンにしてあるところがなんともかんとも。

徐克がアートディレクションをしている関係か、3Dのほうもなかなか本格的です。ただし全編がステレオカメラで撮影した本物の3Dというわけではなさそうで、変換のシーンも多くありました。
観光地でもある武当山の城郭でロケをしたらしく、そういった屋外のショットがステレオカメラで撮影してあります。紫禁城での居並ぶ部隊を俯瞰したところや大名行列など、これらの場面は見事なパンフォーカスになっていて立体感は申し分ありません。どうもアクションシーンで機動的な撮影をするため2Dで撮って変換という手法にしてあるようです。
しかし全体に見ごたえのある立体効果になっており、3Dに関しては人に勧められる映画です。





210523

Friday the 13th Part 3 1982
「13日の金曜日パート3」

かの有名なシリーズの三作目で、この後も延々と続いていきます。もう二十作くらい作られているんじゃないかと思いますがよく知りません。
一作目二作目については、見たかどうか記憶がありません。私も若いころはこの手のB級映画をばかにしきってましたから、好んで見に行くということはまず無かったし、当然テレビでかかっても見なかっただろうと思います。
しかしこの「13日の金曜日パート3」は、立体映画だというので中洲の映画館でロードショウで見ました。入口でもらっためがねが赤青セロファンのではなく両目とも薄いサングラスのようなものだったので、いったいこれは何だと驚いたものです。

そのとき見たこの映画で覚えているのは、タイトルロールでクレジッツの文字がグイ~ンとこっちに向かって迫ってくる効果がすごかったことですね。思わず手を差し出しそうになりました。
でも見終わって、結局内容についてはさほどの感慨も無く、ついに立体映画を見たぞーという満足感が少しあっただけです。それより、赤青式でない上映方式がどうなっているのかという技術面のことのほうが気になったりして、我ながら当時からおたく気味だったわけです(笑)。もちろん偏光という物理現象についての知識は皆無です。
この映画を見たのはそれきりかというとそうではなく、三十年くらい前にVHDで3D版が出たときに見ましたから、少なくとも二回は見ています。今回改めて見直して、いくつか見覚えのあるシーンがありました。

これほどの人気シリーズですから、当然ブルーレイ3Dも出ているはず…と思いきや、長いこと赤青式のアナグリフィック版でしか発売されていませんでした。DVDだけでなくブルーレイディスクもアナグリフィックだったんですね。
それが去年、シャウト!ファクトリーというビデオ会社からブルーレイディスク十六枚組のコンプリートボックス(笑)が発売され、その中の三作目が初のブルーレイ3Dになってます。4Kスキャンです。シャウト!ファクトリーはライノ・レコーズの創業者がレーベルを売却した後に新しく作った会社だそうで、どうりでマニアックなことをしているわけです。私の持っているブルーレイ3Dでも、「Amityville」のシリーズ三作を収めたボックスセットと「Metalstorm」はよく見るとサブレーベルのスクリーム・ファクトリーから出てました。今のところ日本盤は発売されてないようです。

さてそれで、映画の内容にはまるで期待感など無いまま見直してみました。やはり話としては先週見た「Silent Madness」と大同小異の単なる猟奇殺人スラッシャーで、アイスホッケーのマスクをかぶった大男がバカンスに来ていた若者グループを次々と惨殺していく、ただそれだけです。
ところが、意外にも3Dが非常に優れてるんですよ。ロードショウで見たときはもちろん、VHDで25インチくらいのブラウン管テレビで3D版を見たのもはるか昔ですから、立体効果のことはまったく記憶にありませんでした。
しかしかなりの数の3D映画を見てきた今、改めて見てみると、教科書的と言ってもいいくらいきちんと撮ってあるんですね。ほとんどの場面がパンフォーカスにしてあって基本を押さえてあります。やたらと棒やナイフ・拳などをこっちに向かって突き出してくるという演出や、先端恐怖症を引き起こすような構図のオンパレードといっていい感じですが、それらもけっこう立体効果が出ています。

手法としては、ひたすら俗受け狙いに徹しているわけで、ヴィム・ヴェンダーズの3D映画のようなアーティスティックな感性とは対極にある、見世物としての3Dです。ある意味ではそれが本道とも言えるでしょう。しかし、これほどしっかり立体効果が出ているというのは、現場ではよほど緻密に3D撮影が行われたはずです。
カメラマンは「Silent Madness」と同じ人がやっています。ひょっとしたら60年代から3D映画を撮っているのかとも思ってIMDbでフィルモグラフィを見るとドキュメンタリー出身で、3Dはこれが初めてのようです。なんとローリング・ストーンズの「Let's Spend the Night Together」(1982)も撮影しています。
ステレオグラファーはマーティン・ジェイ・サドフという人で、立体映画のスーパーヴァイザーとしてクレジットされているのはこれと「Spacehunter」(1983)の二本だけです。しかし経歴を見ると90年代以降にディジタルムーヴィーの3Dシステム開発に深くかかわっているようで、やはりこの人物が3Dのことをよく知っていたんでしょうね。カメラマンがドキュメンタリー出身だというのもプラスに働いたかもしれません。

まったくのアトラクション映画でありながら3Dは非常に見ごたえがあるというところは大きな発見で、奮発してボックスセットを買ったかいがあったというものです(笑)。
このスクリーム・ファクトリーのボックスは、パート3を含む何枚かにマスター起因の初期不良があったらしく、郵送による交換などがあったみたいなんですね。イーベイにはそれで不要になった不良品のディスクのみを売りに出している人が何人もいます。パート3のディスクに関しては、オープニングの文字がせり出してくるイフェクトがちゃんとなっていない製品があるようで、買うときには用心しました。届いたものは修正版と交換済みのボックスだったんで安心しました。





210517

Silent Madness 1984
「サイレント・キラー~白い狂気」

B級カルト映画の復刻専門のビデオ会社、ヴィネガー・シンドロームが去年リリースしたブルーレイ3Dです。ディジタルリストアは3-Dフィルム・アーカイヴが請け負っています。
映画のタイトルは聞いたことが無く、やはりわが国では劇場未公開でした。時代的には「ジョーズ 3-D」や「13日の金曜日パート3」「悪魔の寄生虫・パラサイト」「メタルストーム」「悪魔の棲む家パート3」が82年から84年にかけて作られています。人気シリーズものがいくつか出て、その三作目をてこ入れの意味で立体映画にするという動きが短期的にあったわけですね。「エルム街の悪夢」の3D版はすこし遅れて91年です。

この映画、邦題があるのはビデオソフトのみ発売されたからです。しかしVHSまででDVDは未発売、今回のブルーレイ3Dももちろん日本語版が出るわけもありません。話は精神病院を脱走した殺人狂がただただ人を殺しまくるだけという妙味の無さですから配給会社が見送ったのも当然です。
監督はサイモン・ナクターンという知らない人で、B級アクションものを何本か撮っています。俳優も覚えがないようなのばかり、脇役にどこかで見たことのある人がちらほらというところです。
とはいえいちおう一般映画としての体裁は曲がりなりにもできていて、俳優の芝居や演出は平均的なレベルといっていいでしょうか。80年代の映画らしい質感です。タイツにレオタードというエアロビクスのコスチュームで腰に初期のウォークマンを付けた女の子が出てきます(笑)。

唖の殺人鬼は実は精神病院を自分の意思で脱走したのではなく、病院の事務手続きのミスから退院という形になったんですね。名前がハワード・ジョンズという殺人犯で、精神病が改善して退院することになったジョン・ハワードという患者と間違われたという設定です。グリーンの文字表示の事務用コンピューターがその原因ということになっているようです。
誤りに気付いてこれは大変とジョンズを連れ戻しに行こうとする教授を、過失が発覚するのを恐れた病院の幹部は封殺しようと画策します。
そうしているうちに女子大の寮生が次々とジョンズに猟奇的に殺されていきます。私はいわゆるスラッシャー映画の決まり事についての知識が無いので当てずっぽうなんですが、この映画では殺しの手口がわりと手が込んでいるわりにはその描写が中途半端で、それはショッキングなシーンを見せようとする場合に必要な特殊効果の予算が足りなくなったからじゃないかと想像できます。

しかし3Dの効果は3-Dフィルム・アーカイヴがリストアしているだけあって充分に出ています。色彩も鮮やかだし、特に立体効果を計算した構図が随所に見られて、撮影監督はわりと実力のある人なんじゃないかと思います。このカメラマンは「13日の金曜日パート3」も撮ってますね。
ただ残念なことに、画質の点で問題があります。フィルムの画素の感じがまるで16ミリかと思うような粗いところもあるうえ、なによりレンズの色収差が激しいんですよ。これは少し前に見た「悪魔の棲む家パート3」のときも感じましたが、「Silent Madness」では広角レンズのショットで画面の周辺部のみならずけっこう内側にまでさらに激しい色ずれを起こしており、ちょっと見ていて耐えられないレベルです。3Dで見るとこの色ずれはいっそう強く感じられます。

IMDbなどで調べると、アリフレックスで知られるドイツのアーリのステレオカメラシステム・アリヴィジョンで撮影されています。たしかに「悪魔の棲む家」もアリヴィジョンです。こんなだったかなあとブルーレイ3Dを見直してみたら、「悪魔の~」はまだ許せる範囲だったし、やはりアリヴィジョンで撮影された「ジョーズ3-D」も見てみたところこれはほとんど気にならない程度です。「ジョーズ」は売れ筋ですから、おそらく予算を取って色収差の部分をコンピューターで丁寧に直したんじゃないでしょうか。
その点「Silent Madness」はそこまでできず、オリジナルのネガの左右合わせに力点を置いたリストアにとどまったんだろうと思います。

とはいえ終盤に主人公の女教授が追い込まれていくサスペンス演出は意外と緊迫しており、くず映画と捨てるにはちょっと惜しい感じです。やはり、サイレントマッドネスである殺人鬼のキャラクターがあまりに物足りないところが敗因でしょうね。パッケージにもなっているポスターのイラストのようなコワい感じじゃなく、目の下に隈を塗っただけの木偶の棒が素顔で出てきても、まるで迫りくる恐怖感ってものがありません。

ヴィネガー・シンドロームのリストア版ディスクは二枚組になっていて、ディスク1が本編のブルーレイ3D、ディスク2がアナグリフィック3Dと2Dでそれぞれ収録、さらにメイキングとして監督と原作者・助演キャストの2020年インタヴューがあります。ちゃんと赤青めがねがふたつ入っています。オリジナル版はアナグリフィックで上映されたってことでしょうね。





210509


The Flesh and Blood Show 1972

イギリス映画で、ホラーやスプラッターのように見せかけてありますが実態は推理ものといったほうがいい感じです。ホラー演出は生ぬるいし、血しぶきが飛ぶようなシーンはありません(生首はあり)。おそらく当時のイギリスの映像表現の規制がまだだいぶ厳しかったからじゃないでしょうか。その代わり女性のトップレスのシーンはふんだんに盛り込んでいて、これで客を呼ぼうとしたようです(笑)。
監督はピート・ウォーカーという人物で、フィルモグラフィを見るとアクションものやホラー、ソフトポルノなどB級見世物映画専門のようです。しかし説明を読んでみると、たしかにB級専門ながらその筋では高い評価を受けている映画を残しているそうで、日本版ウィキペディアに映画監督としてのページがあるくらいですから大したものです。
その評価の高い映画というのは「拷問の魔人館」(1974)や「フライトメア」(1974)、「魔界神父」(1975)で、いずれもわが国では劇場未公開ながら初めの二本はDVDが発売されており「魔界神父」はVHSが過去に出ています。

いっぽう今回見た72年作のほうは日本版のビデオすら発売されていない無名の映画で、実際見てみるとそれも当然という出来です。
ただしこれ、クライマックスシーンが3Dになっていて、ボーナスコンテンツの監督のインタヴューによるとイギリス初の3D映画だそうです。ウォーカーは同時期にもう一本、ソフトコアの3Dポルノ「グレタの性生活」も撮っていて、これはわが国でも立体映画として劇場公開されています。
この「The Flesh and Blood Show」では、ラストのおよそ十分間が3Dになっています。本編はカラーですが、そのシークエンスは過去の出来事のフラッシュバックでモノクロになるため、わりと自然に赤青式のアナグリフィック3Dに切り替わるという寸法です。でもストーリー展開の演出上なぜ過去の出来事だけが3Dになるのかというと、必然性は無いですけどね(笑)。

ブルーレイ3Dのパッケージには目立つように「A Film by Pete Walker」と書かれてますから、カルト的な人気がある人なんでしょう。3Dのシークエンスをブルーレイ3Dにディジタルリストア、ということで商品価値が出るわけで、決して幻の名作というようなわけではありません。
ディスクのコンテンツの構成は、まず本編が2Dで全収録してあり、3Dのシーンも2Dのままでプレイされます。低予算映画ながら画質はわりと良くて、色彩も鮮やかです。ディジタルリストアの成果か、ネガの保存状態が良かったかでしょう。
それでボーナスコンテンツとして、終盤の3Dの場面だけを抜粋して液晶めがねで見る3Dテレビ方式と赤青めがねで見るアナグリフィック方式との二通りで収録しています。結果的にはこの方法のほうが良かったと思います。

というのも、オリジナルのアナグリフィック3Dの場面はどうやら左右別々のネガが無かったようで、これを3Dテレビ方式に変換するために赤青重なっている一本のネガを元にコンピューターでフィルターをかけて左右チャンネルに振り分けたと思われます。そのためどうしても画面が暗くなり、ディテイルがつぶれてしまってるんですね。
それは2D版や赤青めがね版のほうで見るとわかり、こちらは細かい部分もちゃんと出ています。つまり、売りものである3Dテレビ方式のところはあまり大きな効果が得られなかったためにボーナス収録という窮余の策をとったんじゃないでしょうか。

本作は特にゴミ映画というほどのレベルではなく、ただ平凡なだけです。役者の芝居はわりと真っ当だし、シェイクスピアの「オセロ」の舞台をモチーフとした場面もあり、イギリス人はやはりシェイクスピア好きなんだなあとも思えます。ひょっとすると映画史研究の立場から見れば、レイティングの歴史を探る興味深い点もあるのかもしれません。男性器はちょっと写ってたりするんですよ。
私としては、短時間ならモノクロ画面のアナグリフィック3Dも悪くないなあと思えました。奥行きもちゃんと出ていて、立体映画の面白さは感じられます。





210418

搏擊奇緣 Lost in Wrestling 2015

なんともまたけったいな代物です。香港映画で日本でのロケもあり日本語のせりふもわりと多く含まれているものの、そのあまりの珍妙さからかわが国では劇場未公開でビデオソフトも出ていません。
レスリングとタイトルにあるのでスポ根ものかと思ったらそうでもなく、中途半端に純愛ドラマに仕立ててあります。ここでいうレスリングはモンゴル相撲のことで、内モンゴル出身の若者の成長物語というところです。

大平原でモンゴル相撲の選手だった主人公は日本に渡り大相撲に身を投じます。しかし望郷の念断ち難くついに挫折、さりとておめおめ国に帰ることもできず、大阪に流れていってそこで地下女子プロレスの興行師として暗躍するというようなわけのわからない筋立てになっています。
この女子プロレス興行のくだりがまったくもって稚拙な描かれかたで、高校の演劇部の芝居でも見せられているようなむずがゆさを覚えます。この興行師がいきなりピエロのような扮装で現れて狂気のフィクサー然とした態度でふるまうんですね。「時計じかけのオレンジ」の主人公と「バットマン」のジョーカーを足したような雰囲気を出そうとしたんでしょうけど、ただただ滑稽なだけです。

辛抱して見ていると、今度は一転してモンゴルの平原でのエピソードになり、これは現地ロケをしているようです。映像は意外にもなかなか美しいんですね。ここに出てくる若い女がどうやら相撲選手だった男の幼なじみのようです。香港盤ブルーレイ3Dには英語字幕が付いていて、単語の断片から多少の見当がつくとはいえそれでも今いち話はよくわかりません。
混乱に拍車をかけるのが登場人物の関係性で、モンゴル・日本・香港と舞台が移り変わりながら複数の女性が出てきます。それぞれの人生の背景が描かれ、やがて彼女たちは覆面レスラーとなって通天閣の地下にある格闘技場に集結するという数奇な運命をたどるんですね(笑)。どうもこれが見ていてさっぱりわからない。

でもまあいいやこの際どうでも…という気分にだんだんなってきたころ、今度はハートウォーミングなドラマふうの画面になってきてちょっといい話的なエピソードがいくつかあり、みんないい人みたいな感じに描かれます。私も訪れたことのある香港の美都餐室という有名な茶餐廳(大衆カフェレストラン)でロケをしてあるのは嬉しいですね。
しかしそういったちぐはぐな演出ぶりがとうとう最後までまとまらないまま続いていき、主人公の若者が二重人格の二役をしていたこともさほど衝撃的に描けないままラストのモンゴル相撲大会で雄姿を見せ、幼なじみのふたり相まみえて映画はしゃんしゃんと終わります。

結局いろいろなファクターを詰め込みすぎて話が破綻しており、断片的な各エピソードのつながりが見ていて理解できないままなんですね。まあよくあることかもしれません。なにか中高生向けのファンタシー小説みたいなのが原作なんじゃないかと思えます。
主人公を演じている陳偉霆(ウィリアム・チャン)というのは香港の人気歌手だそうで、他にもおそらく香港映画界では名の知られたと思しきバイプレイヤーたちが助演してセールスポイントにしてあります。

3Dにしてあるところも、なにかもうひとつ売りものを盛り込もうということで採り入れたんでしょう。ステレオカメラで撮影されているとはいえわりとおざなりな撮りかたで、充分な立体効果は得られていません。モンゴルの平原もあまりいい感じの3Dに出来てなくて、広大な感じが出てないのが惜しいですね。
ただ低予算映画ではありながら映像のクオリティはけっこう高いです。色彩も若干調整し過ぎかなとも思えますが美しく鮮明で、悪くないですね。





210411


逃出生天 2013
「インフェルノ~大火災脱出」

彭順(オキサイド・パン)と彭發(ダニー・パン)のパン兄弟の監督作です。共同監督作での3D映画は「童眼~チャイルズ・アイ」(2010)だけかと思っていたらもう一本作ってました。邦題からもわかるとおりビル火災ものです。ホラーや犯罪アクションものだけでなくいろいろやってるんですね。
香港映画ですが舞台は広州市で、せりふも広東語です。そうとうな大都市で近代的な街であることが映像からわかります。

消防士として揃って同じ消防署に勤務していた兄弟の確執と和解を描くヒューマンドラマの筋立てです。人命救助という使命についての価値観の違いから、弟のほうが消防士から先進的な総合防火システムを提供するベンチャービジネスに転身、違う道を進むことになります。
絶交のまま数年が経ち、その間実直な兄は与えられた任務に寡黙に取り組み続け、弟は新ビジネスの準備を進めてついに華々しく新会社を立ち上げます。そのお披露目パーティの当日、入居している高層ビルで火災が発生するわけですね。

火事のきっかけは単なるタバコの不始末で、これが徐々に勢いを増して気がつけば手が付けられなくなっています。ビル内ではさまざまな人がそこで働いたり住居層に引っ越しに来ていたり。また兄のほうの妊娠三カ月の妻がこのビルの産婦人科を訪れていたところでもあります。映画は登場人物がパニックに巻き込まれてからのそれぞれの行方を追う群像劇のスタイルにもなっています。そういうところ、やはり「タワーリング・インフェルノ」(1974)のあまたある亜流映画のひとつといえるでしょうね。
防災システムの専門会社がいるわけですから、こういうときの対処も万全かというとさにあらず。最先端の感知システムや警報・通信デバイスも、異常気象下の高温高湿度が原因の停電でうまく機能しないんですね。

これらの舞台設定は、特段目新しさの無い紋切り型といってもいいような感じです。このところ単独作も含めて彭兄弟の3D映画を何本か見たところではその作風は大衆向けの娯楽映画であって、アーティスティックな面を強調してはいません。
「レイン」(1999)で鮮烈な印象を見る者に与え注目された監督コンビですけど、早々に現実路線に軌道修正し多作となっています。作家としての取り組みかたはいろいろですから、それはそれでいいんじゃないでしょうか。
といって職人監督というほどの手堅さがあるわけではなく野心的でもなく、ほどよく現代的な感覚を取り入れた中庸のスタイルです。オキサイドの単独作「無遊」(2011)はなかなか見ごたえのあるホラーになってましたから、ひょっとするとダニーのほうが大衆路線・オキサイドがアート路線で綱引きしながらバランスとるような制作のしかたなのかもしれません。

そういった物足りなさを3Dが補ってくれれば良かったというところ、しかしこちらもそれほどの出来ばえでもないんですね。画像自体はシャープで高精細ながら、カメラマンの撮影方針かあまりパンフォーカスにしてありません。奥行きのあるいいショットがいくつかあるにはあります。
アクションシーンで主体となる燃え盛る業火は、けっこう本物も使ってあるとはいえやはりCGIを多用しています。この炎と煙のCGと実写の合成が今ひとつで、浮いてしまってるんですね。CG自体はひと昔前と比べてだいぶリアルな表現に近づいてはいます。しかし実写部分はステレオカメラを使って撮影してありますから、これに自然に見えるようCGを合わせるのはなかなか難しいみたいです。

主演の二人がもうひとつ野暮ったさがあって、ドラマの部分に入っていけないところがあるのも残念賞です。でもわが国では劇場公開されておりDVDもリリースされています。





210321

Hellbenders 2013
「ヘルベンダーズ~地獄のエクソシスト」

こちらもカテゴリーとしてはホラーコメディというところですが、先週のとは次元の違うちゃんとした作りの映画です。わが国では劇場未公開でDVDのみ発売という扱いながら、意外な掘り出しものでした。コメディでも単なるバカコメディではなくて、全編をブラックジョークで埋め尽くした、なかなか一筋縄ではいかない怪作です。
というのも、ストーリーの大筋はわりとB級路線の悪魔撃退ものとなっているものの、登場人物のキャラクターが徹底して背徳的なのに実はそれが敬虔な信仰心に基づくものであったり、唐突にメタフィクション演出(映画の中から観客に向かって語りかけてくる)や映像のコミックス化が出てくるなど、真面目なのか不真面目なのかよくわからないようなところがあります。

ブロンクス地区にある礼拝所が舞台で、実はここはカソリック教会が秘密裏に認めているエクゾーシズムを行う聖職者集団の本拠です。そこにいる六人のエクゾーシストはいずれも大酒のみで汚い言葉を使う堕落した者たちばかり。始めはその無軌道ぶりを見せて笑わせるという手法で、ただの馬鹿まるだし映画かと思わせます。
ところが徐々に説明が進むと、実はこの司祭たちは神の国の実現に向けて真摯に取り組んでいるものだということがわかってきます。いわゆる七つの大罪を可能な限り犯すことで自らに悪魔を呼び込み、その果てに自決して悪魔を地獄に送り返すのを目的とした決死隊だったんですね。
そんなばかな…と言いたいところ、演出はこれをわりと肯定的に描きつつ悪魔の総大将の出現を迎え悲壮感を高めていく流れで、おふざけ路線とはひと味違います。

芝居の演出はオーヴァーアクトの無いまっとうなもので、役者もみな真剣に取り組んでいます。六人の俳優はいずれも見たことのない人たちばかりなんですが、キャラクターがどれもうまく描かれているためけっこう話に入っていけます。プロダクションデザインもきちんとなされていて、低予算映画であっても大手スタジオ作とさほど見劣りはしません。
監督と脚本はJT・ペティという人で、B級ホラーばかり何本か撮っているほぼ無名の作家です。しかしこの映画を見る限りでは、インディペンデント精神を持つ才能ある監督のようです。

ひとつ最高におかしいタランティーノ的なジョークがあります。監査にやって来たクリントという堅物の神父を揶揄して言った「なぜコミックスのヒーローにクリントという名が無いか知ってるか?」というものです。昔のコミックスはざら紙の活版で吹きだしの文字がつぶれやすいため、CLINTと書くとCUNTと読めてしまうからだというんですね。
そのシーンになると画面がアメリカンコミックスふうになり、クリントが「OK, CUNT」と声をかけられるコマが出てきます。もしこれを食事中に見ていたら飯粒をテーブルにぶちまけていたところです。

それでもやはり、非クリスチャン社会に暮らす我々にはぴんとこないような反カトリック・ユダヤ嘲笑の辛辣なジョークがたくさんちりばめられているんだろうと思われます。カトリックを過剰なまでにこけにするこのブラックコメディはアメリカならではのものでしょう。
また「エクソシスト」や「オーメン」などの古典的なホラー映画のパロディになっているようなところは感じられず、ふざけて作っている印象を受けないというのもいいですね。やはり、コメディは真面目に作ってこそのものです。

さてそれで、この映画を気に入ったもうひとつの理由が、3Dが非常に優れているところです。室内や街角などを自然な感じに立体視できるように撮影してあります。それもただ工夫なしにステレオカメラで撮っただけというのではなく、例えば部屋の中では視線よりも少し下の位置から仰ぐ角度で見ることで天井の角が写り、室内空間がくっきりわかるんですね。
ことさら3Dを強調する演出は無くて、終始ナチュラルな立体空間を感ずることができます。これはおそらく照明が優秀だからだろうと思います。暗いシーンでもちゃんと奥行きが出ていて素晴らしいですね。
エクゾーシズムを行うシーンで出てくるおどろおどろしいオブジェも “3D映え” のするものになっているところ、この映画のプロダクションデザイナーやカメラマン、ステレオグラファーはかなりの3D好きのようです。




210314

Gingerclown 2013

これハンガリー映画なんですね。珍しいです。でも英語劇で舞台はカリフォルニア、登場人物も全員アメリカ人ですから、ヨーロッパ資本のハンガリー人スタッフ制作でアメリカはじめ海外市場で売ろうとした映画ということでしょう。しかしこんな映画誰も知らないままに消えてしまって、わが国でも劇場未公開・ビデオソフトも発売されていません。実際に見てみればそれも当然と思えます(笑)。

ハリウッド郊外にある閉鎖された遊園地に深夜、地元の若いモンが肝試しに入ります。ストーリーは特に無くて、ただ単に主人公たちがキャーキャーわめくだけのお化け屋敷映画になっています。コメディ仕立てになっているとはいえ笑えるところはひとつもありませんでした。
この映画がどういう企画で作られたのかは知りませんが、どうやら1980年代のホラー映画へのオマージュとなっているようで、全体にその雰囲気を出してあります。CGはほとんど使われておらず、化け物はどれもパペットなんですね。それもアニマトロニクスでもなんでもなくて、ただの着ぐるみというよりは布でできたかぶりもので、ふなっしーとたいして変わりないようなしろものです(笑)。

また画質もそうとう落としてあって、ブルーレイ3Dで見てもなにかVHSで見ているような低解像度で色も滲んでいます。そのため80年代の低予算ホラーの感じが出ていて、カルト映画好きならいろんなところに突っ込み入れて楽しめるのかもしれません。しかしそれが意図してそうしたのか、ハンガリーで作ったら自然とそうなったのかは判然としません(笑)。いずれにせよゴミ映画であることに違いは無いです。

おそらく制作費の多くを占めているのはヴォイスキャストのギャラでしょう。いかにも怪物の親玉・ジンジャークラウンに扮したティム・カリーが出てくるような打ち出しかたをしてますけど、声の出演だけです。他にも「エイリアン」のビショップのランス・ヘンリクセンや、「チャイルド・プレイ」のチャッキーの声のブラッド・ドゥーリフ、それとなんとショーン・ヤングが蜘蛛女の声で出てきます。
映画ポスターやDVDのパッケージにはピエロのメイクのカリーが写っていて、あからさまに「It」を連想させる手法です。しかし実際にはそんなキャラクターは出てこないわけで、まったくの羊頭狗肉ですね。ブルーレイ3Dのパッケージに見えるモンスターも本編には出てきません。

さらに困ってしまうのが、ちゃんとステレオカメラで撮影されているのにぜんぜん立体感が出ていないところです。変換3Dのシーンもわりと多くて、全編本物の3Dというわけではありません。暗い場面ばかりというのも難しいところだし、ハンガリー人のスタッフは3Dの技術について知らないことが多かったんじゃないでしょうか。
以前見た「サイレント・ヒル・リヴェレイション」というのも夜の遊園地を舞台としていて、これはわりと立体効果が出てましたから、やはり映像に対する姿勢の違いが出来ばえに現れた形ですね。





210221


The 3-D Nudie-Cuties Collection 2019

先週見た「3-D Rarities II」同様、3-D・フィルム・アーカイヴがディジタルリストアした古い立体映画の復刻オムニバスです。これまたタイトルどおり、ヌードを売り物にした見世物フィルムですね。長編短編二本を収録してあります。いずれもソフトコアであり、ピンク映画というものでさえありません。
メインが「The Bellboy and the Playgirls」(1962)で、一時間半の普通の尺です。しかしこれが奇天烈なしろもので、芝居小屋を舞台としたドイツ映画をアメリカで公開するにあたり大幅に編集を換えたものなんですね。単にフィルムを切り貼りしただけではなく、なんと新たに撮影した無関係なフィルムを挿入してあり、再編集というよりは作り替えです。しかもドイツ映画はモノクロ、新撮影のフィルムはカラーですから、場面が変わるごとに白黒とカラーが交互になるというでたらめさです(笑)。

話の内容も、字幕なしで見たからかもしれませんがまったくしょうもない稚拙なドタバタコメディになってます。ドイツ映画のシーンから舞台裏にカメラがパンすると新撮影部分に替わり、この劇場の照明係がこれからアルバイトでホテルのベルボーイの仕事に行く…という強引なつなぎかたです。
ホテルではこのベルボーイが、ある部屋で行われているセクシー下着の品評会に潜り込みドタバタを繰り広げるわけですね。ここのマダムがプレイボーイ誌のプレイメイトになったことがあるというモデルで、映画にも多数出演するなど人気があったそうです。つまりこれはその人気を当て込んだでっち上げフィルムであり、このモデルが出演してヌードも満載、というのを売り物にしただけのエクスプロイテイション映画なんですね。

ではなんでそんなゴミ映画をわざわざリストアして発売したかというと、映画史的にはちょっと興味深い点があるわけです。なんとこの映画、フランシス・フォード・コッポラの監督二作目くらいのものなんですよ。といっても新撮影部分の、それも最後に出てくる十五分間程度の3D撮影のショットだけみたいです(笑)。オープニングのクレジッツには「Additional Material Written and Directed by Francis Ford Coppola」と出ています。
もっともその3Dのシーン、さすがはコッポラというようなものではまったくなく、ただ裸の女たちが楽屋でうろうろしている様子を撮っただけというストーリーもなにも無いシークエンスで画質も良くないです。

もうひとつの「Adam and Six Eves」(1962)が一時間の短編で、これまた愚にもつかない話のきわものです。ロバを連れたトレジャーハンターが砂漠をさ迷い、蜃気楼のオアシスで六人の美女の幻と戯れるというだけの内容で、それ以上はなんの工夫もありません。
ところがこれが映像はどういうわけかものすごく明瞭で色彩も驚くほど鮮やか、しかも3Dはというと抜群の立体効果が出ているので世の中わからないものです。おそらくオリジナルのネガを使うことができて、しかもその状態が良かったんじゃないでしょうか。ほんとうに目を見張るような高画質で、それでこんなクズ映画を見るというパラドックス感はなかなかのものです(笑)。

特にクローズアップの立体効果が素晴らしくて、顔のアップでは鼻や口だけでなくまつ毛がぴんと立っている様子までわかりますから、相当ハイレベルなステレオカメラオペレイションがされているようです。
ただしヤマなしオチなし意味なしのフィルムで、ただ裸の女が出てきてこちらに微笑みかけているだけですから、すぐに飽きてきますけどね(笑)。それでも60年代初頭のB級どころかエド・ウッド級の映画でこれほど高品質の3D映像があるとは思いませんでしたから、見た甲斐はあったというものです。





210214

3-D Rarities II 2020

3-D・フィルム・アーカイヴ編纂によるオムニバスの第二弾です。タイトルどおりベストオブ3Dではなく、あくまでも通常の流通には乗りにくい珍品ばかりを集めてあります。そのため興味深い内容である反面、映画として面白いかといえばそうとばかりは言えないというようなしろものも多く含んでいます(笑)。
2015年に出た第一集は、1920年代のごく初期の立体映画はじめ、記録映画・音楽もの・スタンダップコメディ・人形アニメなどなど、短編ばかりをこれでもかというくらい詰め込んでありました。そもそも3-D・フィルム・アーカイヴはこれらの歴史的な財産を修復し後世に残していこうという有志が集まった団体なんですね。

ヴォリュームIと銘打ってあったわけではないので、もともと続編の計画は無かったのかもしれません。第一集に入りきれなかったものがまだまだたくさんあるから…というわけではなく、第二集は内容的にはちと苦しいかなという物足りなさがあります。
それでも出した「II」、無理して進めた安易な企画なのかというと、なかなかうまいやりかただなと思えるところがあります。単独作としてブルーレイ3Dをリリースするのはちょっと難しそうなB級タイトルを、「レアリティーズ」内のコンテンツのひとつとして強引に入れ込むことで発表の場としようという手なんですね。

そのB級作というのがこの第二集のメインコンテントである「El Corazon y la Espada」(1953)です。メキシコ映画で、同国初の立体映画だとか。一時間二十分ありますから短編というほどでもなく、立体映画としてはよくある尺です。もちろんわが国では未公開で、英語タイトルを「Sword of Granada」といい中世スペインを舞台としたチャンバラものプログラムピクチュアです。
主演がシーザー・ロメロなんですね。TV版のバットマンでのジョーカー役として知られ、東宝の特撮もの「緯度0大作戦」(1969)にもマッドサイエンティスト役で登場したアメリカ人俳優です。唇の動きを見るとちゃんとスペイン語でせりふを言っているようです。

おはなしは退屈でアクションも実に平凡、ドラマとしては見どころらしい見どころはありません。しかし3-D・フィルム・アーカイヴがこうした裏技を使ってまでリリースしようとしただけあって、さすがに立体効果はなかなかのものです。やはりシャープなモノクロ映像は3Dに適してるんですね。フィルムの質はアメリカ映画と変わりありません。
このレベルの出来でしかも外国映画ということにもなると、単独でのブルーレイ3D発売はとても無理というものです。そこでオムニバスの一篇として取り込むことで幻のフィルムが日の目を見ることになったわけで、けっこうなことと言えるでしょう。実際3-D・フィルム・アーカイヴのディジタルリストアはまったく見事な成果です。

それでも他の収録作は少なくて、ムーヴィーだけでなくスティル写真のギャラリー形式のタイトルも入っているなど、残りものというにしてもちょっと寂しい感じです。
1950年代の目新しい上映方式である3Dのデモンストレイションのための短編二本のほか、わりと予算をかけたと思しき(70mm!)スペインの怪奇映画「La Marca del Hombre Lobo」(米英では『Frankenstein's Bloody Terror』『Hell's Creature』として公開)の予告編、それとイギリスのバレエ短編「The Black Swan」(1952)がムーヴィーで、あとは3D写真のギャラリーが二篇です。

ただこのスティル写真のセクションもなかなか良くて、わりと見ごたえがあります。特にハロルド・ロイド撮影による膨大なステレオ写真ライブラリーから採られた一連のスライドフォトを孫のスザンヌ・ロイドがナレイションで解説したものが気に入りました。ロイドといえばチャップリンやキートンと並ぶサイレント活動写真時代のスターですね。晩年は趣味のステレオ写真撮影に励んでいたそうで、アトリエの写真も出てきますが道楽の域を超えている感じです。
どれも素晴らしい立体写真になっていて、こういうのを見るとやっぱり立体映像はムーヴィーよりもスティルのほうが断然いいなと思えます。

当然ハリウッド人脈のプライヴェイトショットもあり、ボブ・ホープやジェイン・マンスフィールド、マリリン・モンローらの姿を見ることができます。モンローとは仲が良かったようで、いろいろな場所で撮影されています。中でも目を引く一枚は、ひょっとしたらこれがアンディ・ウォーホルの絵の元の写真なのかと思えるのがあるんですが、よく見てみたらちょっと違ってました(笑)。





210124

西游 2: 伏妖篇 2017
「西遊記2~妖怪の逆襲」

周星馳(チャウ・シンチー)が2013年に撮った「西遊記~はじまりのはじまり」の続編です。しかし今回は監督を徐克(ツイ・ハーク)に任せ、周は製作と脚本を担当しています。いよいよ周と徐の本格的な合作が実現したわけです。ところが見てみると、意外にもさほど面白い出来ばえにはなっておらず少々肩透かしでした。このへんなかなか難しいもんですね。徐克はコメディ演出はあまり得意じゃないのかもしれません。

続編とはいえ前作とは主要キャストを総入れ替えしてあり、連続性という点でもマイナスになっているところがあります。玄奘三蔵の取経の旅の始まりを描いた前作では、孫悟空は黄渤(ホァン・ボー)という「ロスト・レジェンド~失われた棺の謎」に出ていた俳優が演じていて、おそらくコメディアン的なキャラクターで大陸では人気のある人だろうと思います。しかしこの人の孫悟空では大作映画として持たないとの判断か、若い人気俳優にバトンタッチさせています。

それが先週見た「修羅の剣士」に主演していた林更新(ケニー・リン)なんですね。おそらく、別の映画会社が同時期に製作しヒットしている西遊記シリーズの「孫悟空 VS 白骨夫人」(2016)で悟空を郭富城(アーロン・クォック)が演じた向こうを張ったということでしょう。三蔵は歌手の呉亦凡(ウー・イーファン/クリス・ウー)が演じており、これまた人気ものだそうで二枚看板としてあります。「人魚姫」(2016)の林允(リン・ユン/ジェリー・リン)もヒロイン役で出ています。

周星馳版の西遊記は原作とは離れ大幅に改編してあります。そもそも原典が大衆小説で作者も不詳なくらいですから、自由な翻案も許されるということでしょう。CGIを多用し無国籍な雰囲気のプロダクションデザインで極彩色に描かれるファンタシーコメディという格好ですから、これはやはり周が監督を続けたほうが良かったんじゃないかとも思えますが、あるいは周としても自分で書いた脚本に一抹の不安があったのかもしれません。

しかし問題点としては、ストーリーよりも演出のほうだろうと思います。それぞれのキャラクターに魅力が無いんですねぜんぜん。三蔵は印象が薄いし、悟空は必要以上に無頼漢に描かれており頼もしい感じが持てません。猪八戒・沙悟浄も脇役の面白さが出せていませんね。
出だしの、奇をてらった夢オチに続くサーカスでの冒頭シーンで、見る者の心をつかむようなはったりがきかせられなかった時点からつまずいてしまってます。

それでも私としては3Dがよく出来ていればOKなんですけども、いったいどういうわけか徐克の監督作としては3Dが良くありません。この映画でも、変換ではなくステレオカメラで撮影してあります。しかし、撮りかたがあくまでも普通の2D映画の画作りになっているため立体感・奥行きがあまり感じられないんですね。いくら多くがグリーンバックのCGIだったとしても、もう少し工夫のしようがあったはずです。
今のところ徐克の製作/監督で3D映画はこれの次に撮った「王朝の陰謀~闇の四天王と黄金のドラゴン」(2018)が最後です。「王朝の陰謀」の3Dは良かったですから、やはり「西遊記2」だけがダメなんですね。次に作る映画も面白い3Dにしてほしいものです。




210117


三少爺的劍 Sword Master 2016
「修羅の剣士」

徐克(ツイ・ハーク)が製作した武侠ものです。監督は爾冬陞(イー・トンシン/デレク・イー)という俳優出身の人で、自身が主演した1977年の同名映画のリメイクという形です。
主役が二人いて、タイトルになっている三少爺を演じているのが林更新(ケニー・リン)と、ヨーロッパ版のビデオパッケージで魔王ふうに剣をかざしている剣客の燕十三をやっているのが台湾の何潤東(ピーター・ホー)ですね。林更新は徐克のヤング・ディー・レンチェ・シリーズでの医官役のときは三枚目でした。何潤東は「モンキー・マジック~孫悟空誕生」(2014)に二郎神役で出ていて、脇役ながら記憶に残る芝居をしてました。

低予算映画なんでほぼ全編がグリーンバックのCG背景です。しかしまあ、それとわかるCGにしてはわりと丁寧に作ってあって、よく出来ているほうです。装束などは無国籍風で、向こうでよくある池上遼一タイプの劇画の世界観に近いんじゃないでしょうか。これはおそらく京劇の流れをくむ演劇のスタイルで、歌舞伎的なけれんに満ちた娯楽アクションですね。
やくざの抗争と同じような武術流派同士の対立を軸にして、剣士の道を究めようとするストイックな生きかたをするヒーローとその逆に殺しの非道さに倦み心の平安を求めて隠遁するヒーローとの対比、さらにメロドラマの要素を大げさに盛り込んだ大衆活劇になっています。

徐克プロデュースですから本格的な3D撮影がされていて、背景の多くがCGである点を差し引いても見ごたえのある3D映画になっているところがいいですね。クローズアップでも立体効果がよく出ているし、娼館のシーンではすごいパンフォーカスでずんと奥行きのある空間を描いてもあります。
また感心したのが剣戟のシークエンスで、スピード感のある迫力の殺陣でちゃんと3D効果が出ています。これはなかなかできないことです。ワイヤーアクションの演出もこなれているし、ラストの一騎打ちの場面は数分に及ぶかなり見ごたえのあるチャンバラになっているなど、これはB級映画ながら3D版は一見の価値ありといっていいでしょう。

ひとつ問題があるのが林更新が大根だというところですね。ディー・レンチェ・シリーズでの軽妙な役は良かったのに、人の道に悩む孤高の剣士という役柄はただぼーっとしているだけでまるでだめです。その点、顔に不気味な髑髏の入れ墨をしたダークヒーローの何潤東は精悍でかっこいいんですよ。
三少爺がもっと魅力的に描けていたら、まったく掘り出し物といっていい佳作になっていたはずです。





210110

美人魚 2016
「人魚姫」

周星馳(チャウ・シンチー)の監督作で初の3D映画です。ちゃんとステレオカメラで撮影してあるところは徐克(ツイ・ハーク)の助言によるところなんじゃないでしょうか。徐は友情出演しています。
わが国でもヒットした「少林サッカー」(2001)や「カンフーハッスル」(2004)で見られた独特のジョークの感覚が、この「美人魚」でもいかんなく発揮されています。また、かつての香港映画とは一線を画する予算規模のハイクオリティな映像プロダクションも見事です。
コメディ演出はナンセンスに徹していて、難解といってもいいレベルのものも多く含まれているにもかかわらず世界規模で大ヒットしているところ、観客に媚を売らない姿勢はなかなか頼もしい感じがあります。

人魚が主人公ですから話としては完全にファンタシーですね。人間の目を逃れひっそりと暮らしていた人魚一族が、巨大企業の海洋開発で住みかを追われ切歯扼腕、その金の亡者たる実業家に復讐するため刺客を送り込むことにします。ところがミイラ取りがミイラになり、女刺客は若社長を助けることになってしまうという、まあありきたりといえばありきたりな展開です。しかも若社長のほうも純真無垢な女刺客に心洗われ正気を取り戻し、巨大プロジェクトを白紙撤回するというあたりもご都合主義的ではあります。
しかしそういったベタな部分を差し置いても、この映画けっこう面白く出来ているんですね。見かたとしては、本筋よりも全編にちりばめられたナンセンスギャグの連続に身を任せるというのが正しいと思います(笑)。

また、キャストがいいんですね。キーパーソンとなる若い鬼実業家役の鄧超(ダン・チャオ)というのが意外と上手いです。始めはクサい芝居が少し気になったのが、だんだん笑わせてくれるんですね。
しかしメインキャストよりもむしろ脇役たちのほうにケッサクなのがおおぜいいて、このへんも周の映画の見どころです。なんといってもタコ兄いの羅志祥(ショウ・ルオ)という台湾人が最高です。この人「西遊記~はじまりのはじまり」(2013)では空虚王子をやっていて強烈な印象でした。ほかにも、思い出すだけでもおかしくなってくるような無名の脇キャラが何人も出てきます。

いっぽう女刺客の美人魚役は林允(リン・ユン)という人で、これはさほど特筆するほどの存在感はありませんでした。容姿は舒淇(スー・チー)タイプで、周は前作の「西遊記~はじまりのはじまり」に舒を主演にキャストしてますから、この手が好きなんでしょうね。また、実業家の恋人でメインキャストでもある張雨綺(キティ・チャン)は美形で映画の売りものにもなっていると思われますけど、これはまるで魅力なしです。

さてそれで3D映像はどうかといえば、パンフォーカスが多めできちんと撮影してあるのは確かながら、どういうわけかあまり立体感が感じられないんですね。ところどころいい感じのショットがありますが全体には非常におとなしめの3Dで、立体感をあまり意識させない映像です。それは言い換えると自然に撮れているということにもなるかもしれません。
でもそれじゃちょっと物足りないというもので、やはりおおっと言うほどの3D空間を演出してほしかったものです。そのあたりは監督やステレオグラファーの考えかたがいろいろあるんでしょうね。








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