フェイスブックページへ
https://www.facebook.com/profile.php?id=100012471649306



2019年に見たブルーレイ3D


最近ようやく3D表示のできるテレビを買ったので、夜な夜なブルーレイ3Dを楽しんでいます。
そこで、見たソフトについてその良し悪しを書いていこうと思います。
変換3Dは好まないので、ステレオカメラで撮影された映画ばかりです。


←2018年に見たブルーレイ3D →2020年に見たブルーレイ3D


191222


狄仁傑之四大天王 2018
「王朝の陰謀~闇の四天王と黄金のドラゴン」

「ライズ・オブ・シードラゴン」に続く狄仁傑(ディー・レンチェ)シリーズの徐克(ツイ・ハーク)監督作の三作目であり、若き日のディーを描く話としては「ライズ~」の続編となります。「ライズ~」はディーの立身出世物語で、映画のラストで皇帝高宗からエクスカリバーを賜り唐の判事に任命されます。本作「闇の四天王」はそのシーンから始まるんですね。
ところが開巻早々、皇后の武則天が安易に権威の象徴を臣下に与えてしまったと高宗を非難し激怒、密かにその宝剣をディーから奪い返そうと画策し始めます。前作ではわりと象徴的な描きかたをされていた武則天(劉嘉玲=カリーナ・ラウ)が、今回は陰謀の黒幕となって表に裏に猛威を振るう毒婦としてのキャラクターになっています。

これが前作に増して面白い映画になっており、続編ものとしては出来のいいタイトルのひとつとして記憶していきそうです。ひとつはこの五年前に制作された前作と比べてCGIのレベルが格段に進歩していて、米英の映画に見劣りしません。またアクロバティックなワイヤーアクションもひときわ流麗な動きを見せ、これまた大きく進歩しています。
主人公たちが惑わされる妖術が本作の柱になっていて、いろいろ出てくる巨大なモンスターは幻覚という設定ですからもうなんでもありです。でもその中でひとつだけ本物があります、なんでしょうというクイズもできるほどです(笑)。
荒唐無稽で娯楽に徹した作風は、映画全体から受ける印象としてロジャー・ムーアのころの007ものに似通ってますね。

話の展開は前作と同様に単純な善玉と悪玉の対決という構図ではなく、始め出てきた悪者は実はただの道化で、そのあとから本当に手ごわいテロ集団が忍び寄ってくるというものです。そもそも黒幕が時の権力者でヒーローはその臣下だし、しかし目的としては腐敗した権力者を倒すものではなく、あくまで国体を護持しつつ真の脅威を排除するという、一筋縄ではいかない関係性があります。
そのあたり、オランダ人の書いた原作小説にどの程度沿っているのかはわかりませんけど、近年のハリウッド映画の陰謀アクションのように必要以上に複雑化したところを感じさせず、観客が置いてきぼりになるようなことはありません。
また、悪者軍団も私利私欲で動いているのではなく、皇帝に復讐するまっとうな理由があるんですね。見ている者にも、そりゃたしかに気の毒な…と思わせるシーンも挿入してあり、悪をひたすら悪とするのではない演出ぶりはいいですね。

3Dのほうもまたいいです。全編にわたって良好な立体効果が出ているのは前作同様で、ロケ撮影は無くすべてスタジオで撮ってあり3D効果は緻密に出来ていて、文句なしです。
パッケージ絵にある四天王像が出てくる寺院のシーンは、像のスケール感と狭い中庭の空間での垂直水平の攻防がダイナミックに描かれ、見どころの一つです。
徐克の監督作のうち3Dで撮ったものは現在までにもう一本、2017年の「西遊記2~妖怪の逆襲」があります。「闇の四天王」はその次の映画で、今回ひとつ飛ばして見ました。この孫悟空ものはタイトル通り続編なんですが、正編は徐は製作で監督が周星馳(チャウ・シンチー)である「西遊記~はじまりのはじまり」(2013)です。周も2016年の「人魚姫」を3Dで撮っていますから、このあたりはもっと見ていくのが楽しみになってきました。





191215


智取威虎山 The Taking of the Tiger Mountain 2014
「タイガー・マウンテン~雪原の死闘」

徐克(ツイ・ハーク)の「ライズ・オブ・シードラゴン」(2013)に続く2014年作も3Dです。しかし前作とはうって変わって見世物B級映画テイストを抑えた正統的な演出によるドラマです。ただし正統派といっても欧米の映画の主流とはかけ離れた、まさしく中国映画の伝統にのっとった感覚です。北朝鮮のテレビニュースで流されるようなプロパガンダ映画のような様相なんですね。
制作費はけっこうかけてあるものの演出の雰囲気は四十年前くらいのアナクロな感じがします。徐の映画はそう多くは見ていないんですが、世界市場を対象とした香港流の娯楽作とは違い、おそらく中国国内と各国の華僑に向けた、もっぱら中国人観客のための映画のようです。

話は昔から広く知られた英雄譚で京劇の人気演目であり、中国人ならだれもが知るストーリーのようです。
大東亜戦争終結後、日本軍が引き揚げた大陸は内戦が勃発し、さらに混乱に乗じて匪賊が跋扈するなど治安が悪化。その中で特に強大な武装化を進め凶悪な組織となっている通称ハゲワシの率いる匪賊の支配地域に人民解放軍の小部隊が侵入します。
ある日その部隊に、本部から特殊工作員が派遣されてきます。それがこの物語におけるヒーローである楊子栄で、匪賊に潜入捜査した経験もあるなど一見して曲者というムードです。そのため部隊の面々も今ひとつ楊を信用できず、単身ハゲワシの本拠地に乗り込んでいくという楊の発案を隊長は却下します。そこで楊は除隊を願い出て一人のパルチザンとして潜入を決行、ついに見事その役目を果たすという筋立てです。

つまり個を捨てて人民のため党のため尽くすことが人としての本分だという、共産党バンザイ映画になっているわけです。映画の製作には人民解放軍の映画会社・八一電影も加わっています。正義の軍隊が悪を懲らしめに行くという物語は現代京劇として全土で上演され浸透していったんでしょう。おそらく共産党の肝いりで制作された芝居だと思われます。徐としては共産党からの雇われ仕事として撮った映画なんじゃないでしょうか、全体にプロパガンダ映画のにおいがぷんぷんします。
しかしそこはやはり徐の面目躍如たるところがあり、始めはNHKの大河ドラマ的なイモ芝居によるがんばれ軍人さんといった調子です。ところが次第に舞台が匪賊の巣窟に移っていくと得体のしれない怪人どもがうようよ出てきて、これまで以上にチープなCGIを用いた映像とも相まってなんとも猥雑な空気が漂ってきます。

そのあたりのわけのわからないところが如実に表れているのがエンディングで、なんと本編中に “もうひとつのエンディング” が出てくるんですよ(笑)。話はわりと普通にしゃんしゃんと大団円を迎えるんですが、登場人物の想像として「こんな終わりかたもあったんじゃないか」などといってスピルバーグか007かというようなど派手な大アクションシーンがとって付けたように現れます。もうむちゃくちゃですよこれ?
推測できるのは、もともと徐が狙っていたエンディングがその派手な終わりかただったのが、共産党からこりゃやり過ぎだとクレームが付いて元の芝居どおりのラストに編集し直し。しかしすでに予告編で当のアクション場面を流してしまって売りもののひとつになっているのでカットするわけにもいかず、そんな変てこな終わりかたになったというような感じです。

そういう、ダサさと軽さ・紋切型と大ざっぱさがない交ぜとなったはちゃめちゃなところが徐克らしさといっていいのかもしれません。
実際見ていて、人民解放軍の軍人たちは映画の主人公で正義のヒーローなのに、楊子栄ひとりを除いてどれもなんの妙味も無いキャラクターばかりなんですよ。これに比べて匪賊の奴らのほうは断然面白く描いてあって、この盗賊集団を主人公にして一本映画を撮ったらきっと面白いだろうと思わせるようなところがあるほどです。
頭領のハゲワシ、これが付け鼻など特殊メイクなのはわかったとはいえ最後のクレジッツを見てびっくり仰天、梁家輝(リョン・カーフェイ)だったんですねー。この不気味な大将は手下たちから恐れられながらも慕われており、誕生日の宴席では無邪気に喜ぶ顔を見せるなどなかなかどうして魅力的に描いてあって捨てがたいです。

映画自体はそういった非常にビミョーな味わいになっています。では3Dのほうはどうかというと、さすがに厳寒の山奥でロケ撮影された場面は素晴らしい立体映像になっています。「十三人の刺客」や「七人の侍」を思わせる、村での騎馬匪賊との対決シーンも奥行きがダイナミックに撮れていて見ごたえがあります。
しかし前作よりもさらにチープなCGとの合成シーンになるとさすがにこれはアハハで、CG制作チームはその全力を虎と楊子栄の対決シーンに傾注して他はテキトーに作ったとしか思えません(笑)。
中国国内で3D上映館がどのくらい普及しているのかはわかりませんけど、この映画では3Dに関してはそれほど見せ場が多いとは思えないところからして、あまり力を入れたというわけではなさそうです。





191208


狄仁傑之神都龍王 2013
「ライズ・オブ・シードラゴン~謎の鉄の爪」

徐克(ツイ・ハーク)は「ドラゴンゲイト~空飛ぶ剣と幻の秘宝」(2011)から3D撮影に取り組み始め、以降の新作はどれも3D映画です。自身の監督作だけでなく、プロデューサーとして製作した諸作もちゃんとステレオカメラを使って本格的な立体映画を作り続けています。
「ドラゴンゲイト」はなかなか見ごたえのある3Dになっており、以前ブルーレイ3Dで見たときは感心しました。徐も作ってみて3Dの面白さを認識したんでしょう。かなりチープなCGが多用されてはいるものの、セットで撮影した立体映像はきちんと計算された3D効果が出ており、映画自体の歌舞伎的なけれん味と相まって見どころ満載です。

今回見たのは「ドラゴンゲイト」の次に撮ったもので、唐代の支那、武則天の世での探偵ディー・レンチェの活躍を描くシリーズの二作目です。劉徳華(アンディ・ラウ)が判事となったディーを演じた一作目「王朝の陰謀~判事ディーと人体発火怪奇事件」は「ドラゴンゲイト」の前作ですがこれは3D映画ではありません。
3Dで撮った本作はディーの若き日を描いたシリーズ二作目でラウの出演は無く、ディーは趙又廷(マーク・チャオ)という台湾の若手が演じています。

原作はオランダ人でアジア文化の研究者でもある小説家ロバート・ファン・ヒューリックが書いた「ディー判事シリーズ」で、実在の唐の官僚である狄仁傑(ディー・レンチェ)を主人公としたフィクションです。人気シリーズだったようで多数出版されており、映画はその諸作の要素をさまざま抜き出したもののようです。大岡政談のようなものでしょうか。
元の小説がどんな雰囲気なのかは知りませんけど、映画は洛陽を舞台に宮廷と司法庁組織、海軍などが動きダイナミックなストーリー展開です。さらには(結局)正体不明の巨大海洋生物も出てくるなど荒唐無稽極まる伝奇ファンタシーになっています。

話はけっこう入り組んでいます。謎のシードラゴンの出現に始まり、これまた謎の半魚人も出てくるうえ異国語を話すまたもや謎の蛮国のテロ集団が花魁の誘拐事件に加わってきてモザイク状の展開となっていきます。
しかし脚本がうまくできているようで、複雑なストーリーであるわりには見ていて流れについていけずストレスを感じるというようなことはなく、単純に武侠アクションの波状攻撃に身を任せることができます。

特筆できるのはキャラクター造形の巧みさで、登場人物のいずれもが魅力的に描かれているところがいいですね。主役のヤング・ディーはもちろん、その好敵手でもある司法長官、この二人がストーリーを牽引していき、スーパー歌舞伎ならぬスーパー京劇のワイヤーアクションはむしろ司法長官のほうが全編出ずっぱりで見せ場を作っています。
お堅く冷徹な官僚ながら風来坊のディーの実力を認め協力しながら難事件に対していくところがいいし、悪役である蛮国の頭領も迫力あるヴィランであるのに決して悪の枢軸として描いてあるわけではなく、誇り高い人物と感じさせるところがあるのは西村晃のイメージです。
さらに劉嘉玲(カリーナ・ラウ)演ずる女帝・則天武后も非常にうまくしてあります。王道とも覇道ともつかないアンタッチャブルな畏れ多さがあって、味方にもなれば非情にもなるという複雑な人物像は映画のひとつの柱にもなっています。

さてそれで3Dのほうはというとこれがまた見どころの連続で、「ドラゴンゲイト」で得た知見を大いに生かせたようです。
洛陽の街並みや大海原はすべてCGですが、街中での様子はわりと規模の大きそうなセットを組んであり迫力があります。特に見事なのが建物内の場面で、奥行きのある大広間などは完璧なパンフォーカスにしてあって大空間を3Dで見渡すことができます。紫禁城のセットもすごいですね。水中撮影が今ひとつなところは惜しいです。
この後シリーズ三作目として「王朝の陰謀~闇の四天王と黄金のドラゴン」(2018)があります。これはヤング・ディーの第二弾で、引き続きマーク・チャオが主演した3D映画です。これも面白かったら、アンディ・ラウの一作目も見てみましょうかねー。





191117


Billy Lynn's Long Halftime Walk 2016
「ビリー・リンの永遠の一日」

先週ブルーレイ3Dで見直した「ライフ・オブ・パイ」の次作で、これも本格的な3D撮影が行われているだけでなく、初めて120fpsのハイフレイムレイト規格が採用されています。ただしこの映画、ちょっと技術が先行し過ぎたために李安(アン・リー)が意図したとおりの条件で上映できる劇場がアメリカにさえひとつも無かったんですね。
それはやはりわが国も同様で、アメリカにならってスペックを落として上映する方法でいったん予定が立ち邦題も決まったものの、結局劇場公開は見送られました。私としては「ホビット」でHFR上映を見逃していたので、今度こそはと期していたのにがっかりしたものです。

先日「ジェミニ・マン」でようやく120fpsの3D上映を見ることができました(ただしTジョイのドルビーシネマは4Kではなく2K。まだ李の要求を満たしていません)。この「ビリー・リンの永遠の一日」もHFRでは素晴らしい映像が見られたのに、と残念です。今からでもTジョイでリバイバルというか初上映してくれないもんですかね。
まあ無いものねだりはしかたないとして、ブルーレイ3Dで見る限りはこれもまた鮮明な映像で、しかし「ジェミニ・マン」ではあまり感じなかったディジタルカメラ撮りの感触があります。その点をHFR二作目では修正してきたということでしょうか。

整理しておくと、映画は4K・120fps・3Dで制作され、この条件を満たした形で上映できる劇場は事実上まだありません。現状としては2K・120fps・3Dの映写機を持った劇場が少数あり、「ジェミニ・マン」はわが国では埼玉・大阪・博多の三カ所のみでこの高画質上映が行われました。
これをビデオディスクで見るとどうかというと、UHDブルーレイは4K・60fpsまで可能です。ただしUHDには3Dの規格がありませんから、やはり現行の光学ディスクでは4K・120fps・3Dの再現は不可能です。私としては3Dでなけりゃ意味ありませんから、ほんとはもっとすごい画質なんだけどね、と思いながらブルーレイ3Dで見るよりほかありません(笑)。
それでこの「ビリー・リンの永遠の一日」、日本版のビデオディスクは発売されましたがやはりブルーレイ3Dまでは出なかったのでアメリカ盤のUHDブルーレイとのセット商品を購入しました。せりふはレンタルDVDで確認しました。

さて、ほんとはもっとすごい映像なんだろうなあと想像しながら見たこの映画、湾岸戦争ものです。ただ主な舞台は戦時中も平和そのもののアメリカ本土で、最前線のイラクで窮地に陥った上官を身を挺して救いに向かった初年兵がビリー・リンです。たまたまその一部始終が報道カメラに写っていたために全米に映像が流れ、リンは一躍ヒーローに祭り上げられます。軍と政府もその人気を利用し、リンの所属する通称ブラボー隊は全国を戦意高揚のプロパガンダで駆け回ることになります。

そのキャンペーンの総仕上げとして用意された舞台が感謝祭の日、アメリカンフットボールの試合でのハーフタイムショウで、「ソルジャー」を歌うデスティニーズ・チャイルドのバックにブラボー隊が整列し類まれな愛国者としてスポットライトを浴びるというものです。原題はそれを表しています。
映画は、試合が行われるスタジアムにブラボー隊が到着したところから始まり本番のハーフタイムショウが終わるまでが描かれ、その間のリンの心の動きがフラッシュバックの手法で明らかにされていきます。

リンは自分の意思とは半ば無関係に陸軍入隊を志願し、厳しい訓練を経て戦場に送られることになります。事件はまさにブラボー隊の初陣で起こり、上官が銃撃を受け倒れたのを見たリンは無我夢中で助けに行き、訓練された通りに防御行動をとって敵兵を射殺。さらに襲いかかってきたゲリラと組み合いになっての肉弾戦となり、きわどいところでナイフで相手の喉を刺しこれを制するという壮絶な戦闘を経験します。そのうえ慕っていた軍曹は出血がひどくリンの眼前で絶命してしまい、若いリンは心に大きな傷を負います。

これらの記憶がスタジアムで過ごす時間にも断片的に次々と蘇ってきて、試合やイベントの享楽的な雰囲気とはまったくの別世界が対照的に示されていきます。ただリンは、これらの辛い体験によって精神的に押しつぶされているというようでもないんですね。現にPTSDとはなっておらず、キャンペーンが終わったらまた戦場に戻る予定になっているわけです。
そのあたりの表現は非常に微妙なタッチで、どう受け取るかは映画を見る者に任されたようになっているところは李の上手いところですね。とても内省的でありながら、リン本人もその感情がいったい何なのか測りかねている状態です。

入隊前のリンがもともとどういう少年だったのかはほとんど描かれていません。姉思いのリンは姉を裏切った男に暴行を加え、その赦免と引き換えに志願することになります。そのため姉は弟に対し責任を感じ除隊を促しますが、しかしリンはすでに兵士になりきってしまっており辞めることができないんですね。
戦場に送られ初めて人を殺したという事実によってリンは心に重荷を負うことになりますが、同時に部隊の仲間との間に強い絆が芽生え、そこに初めて自分の居場所を見出したような精神状態にあります。その原動力になっているのは愛国心ではなく個人的なものとして描いてあり、さらにそれは目に見えない何かであるというような領域をも暗示してあります。死んだ軍曹は物知りで、リンにヒンドゥー教のカルマの思想について教える場面はなかなか印象的です。

役者もいいですね。ビリー・リンは新人の若いので、年に似合わぬ落ち着いた振る舞いはこの役にぴったりです。副官のギャレット・ヘドランドという俳優は「トロン・レガシー」で主演していた人です。これが威厳もあり部下思い、ユーモアにも長けた人物で強烈な存在感です。
また意外な人選で、殉死した軍曹がヴィン・ディーゼルです。B級アクション専門のマッチョ野郎だとばかり思っていたら、これが適材を適所に置けばこうなるのかというくらいにはまってるんですね。記憶の中で思い出されるリンと軍曹との交流と信頼関係は、この映画のひとつの柱でもあります。
ほかに口八丁ながら人間味のあるエージェントにクリス・タッカー、部隊の人気を利用しようとするフットボールチームのオーナーにスティーヴ・マーティン。どちらも記憶に残る芝居です。

「ライフ・オブ・パイ」の全編CGIとは打って変わってライヴ撮影中心です。それだけに3Dは素晴らしく、まったく文句なしといってもいい出来です。方針としては立体感の強調ではなく、その場で目で見た視覚を自然に再現するというものです。
特に際立っているのがクローズアップで、人物の顔を正面からじっくり見せるところはまったくリアルで驚きました。欧米人や中近東・インド系の人種の彫りの深い顔は、立体映画ではアップでその造形がよくわかることが多いんですね。しかしこの映画ではそれ以上の迫真さがあるところは高精細画像ならではというところでしょうか。
李の3D映像は期待以上のものがありました。「ジェミニ・マン」のブルーレイ3Dが出たらもう一度見たいですね。





191110


李安(アン・リー)新作の「ジェミニ・マン」を見てきました。福岡では一秒当たり百二十コマのハイフレイムレイト(HFR)による3D上映がありましたから、これはぜひ劇場でどんなものか確かめてこようと思いました。HFR上映は「ホビット」三部作(2012-2014)で初めて試みられたもので、これは私は上映が終わってからそのことを知ったんで悔しい思いをしたものです。
「ホビット」は秒あたり四十八コマの当時最高スペックによりアイマックスディジタルの劇場でかかりました。今回の「ジェミニ・マン」はTジョイ博多のドルビーシネマで120fpsの3D上映が実施されました。わが国では三カ所のみというなかなか希少な興行だったためラッキーでした。アイマックスでかかっているのは60fpsヴァージョンです。

見る前は、ビデオビデオした映像のべたっとした生々しいものかと想像してました。ところが実際見てみるとビデオ撮りという感触は無く、従来の映画のイメージを損なわない質感に整えてあって違和感はほとんどありませんでした。
しかし画像はやはり非常に精細で鮮明、とりわけ夜などの暗い場面でかなりの描写力を発揮しており、ちょうど現実で月明かりの景色を暗さに慣れた肉眼で見ている感じが再現されているんですね。また何カ所かある水中撮影でも、水面直下の様子は驚くほどのリアルさです。

全体にやはり格段の情報量の大きさを感じることができ、少し大げさに言うと “映画の未来を見た” という実感がありました。おそらく五年後には、少なくとも大作映画に関してはこのフォーマットが標準となっていくんじゃないでしょうか。撮影機器、照明、ポストプロダクションなどのハードルの高さがどの程度のものか、また映画館の映写機がどのくらいの速さで入れ替わっていくかですね。
しかし今後家庭用のAVシステムが4K8Kにヴァージョンアップしていき、ビデオディスクも新しい規格が出てくれば、事業として成り立つんじゃないでしょうか。

李安は「ライフ・オブ・パイ」(2012)、「ビリー・リンの永遠の一日」(2016)、そして本作と続けてステレオカメラ撮影による3D制作に取り組んでいます。近年で本格的な3D映画を作り続けているのは李と「アヴァター」の続編を制作中のジェイムズ・キャメロン、さらにロバート・ロドリゲズの、ほとんど三人だけという状態です。
「ジェミニ・マン」でのHFRによる3Dがどうだったかというと、極めて自然な見えかたの映像であって、実は見ていてほとんど3Dであることを意識してませんでした。つまり李は3D映像については、現実のヴィジョンを再現するためのツールのひとつととらえているようです。
私としては、立体映像はイリュージョンであって現実の視覚とは別ものだという考えなので、今回のような3D映像は物足りないといえば物足りないですね。でもそれはそれでいいと思います。

さてそれで「ジェミニ・マン」(英語読みだとジェミナイとなります)、アクション映画としても上出来でした。始めはドラマでその実力を見せた李は、「グリーン・デスティニー」(2000)であっと驚くようなアクション演出の妙を示し、ついに今回はハリウッド流のハイパーアクションを堂々たる手腕でものにしたといえます。
長距離狙撃の静かな緊張感、敵襲からの脱出と手に汗握るカーチェイス、マイケル・マンばりの容赦ない銃撃の応酬、そして一対一の素手での格闘戦の迫力。政府の陰謀に孤軍立ち向かう話で、李は「ボーン・アイデンティティ」をおおいに参考にし目標としたようです。

ただ、見終わっていやー面白かったと拍手したくなるほどのものにはなっていません。それは設定の柱である、主人公が自分のクローンと対決するというSF仕立てが現実離れしすぎているからでしょうね。あり得ないプロットであっても、せいぜいトレッドストーン計画程度の荒唐無稽さにとどめておかないと、こっちとしては見ていてやはり白けてしまうところがあります。
それでも、アクション演出が超一流だということは確かですから、見ている間は充分楽しめます。李はジェリー・ブラッカイマーの期待に対しきっちりと仕事してみせたというところでしょうか。続編を作ることもできる終わりかたですから、監督が替わったとしても続いていくかもしれません。


■「ライフ・オブ・パイ~トラと漂流した227日」
  Life of Pi 2012

新作鑑賞を機に前のものをブルーレイ3Dで見てみました。かなり変わった映画であるにもかかわらずヒット作となり、アカデミー監督賞まで獲った「ライフ・オブ・パイ」はロードショウで見に行きましたが、なんだか狐につままれたような感じがしたものです。
今回はロードショウ以来の見直しで、大筋以外の内容はほとんど覚えてなかったことがわかりました(笑)。しかしブルーレイ3Dで見ると非常に鮮明で、極彩色のCGIを多用したこの映画には適していると思います。

インドで動物園を経営していた一家が移民することになり、動物が高く売れるからと北米まで運ぶため貨物船での旅となります。ところが船は太平洋の真ん中で嵐で沈没してしまいます。ここで命が助かるのが次男のパイ一人で、救命ボートに命からがらすがりつくことができました。
ところがこのボートには何匹かの動物も一緒に乗り込むことになるんですね。これが無害な生き物なら良かったのにハイエナやベンガルトラがいるんで大変です。シマウマとオランウータンにハイエナも結局トラに食われてしまい、機転でトラの攻撃をかわすことができた少年パイとトラの二人だけが、危うい力関係のバランスで共存し助かることができた…というストーリーです。

いかにもばかばかしいほら話なわけですが、そのプロットはノアの箱舟を容易に連想するし、円周率を意味する名前を持つ主人公が洋上で大きな生命の環を会得する壮絶な体験をするところなど、さまざまな解釈のできるファンタシーになっているわけですね。
またパイはヒンドゥー教・キリスト教・イスラム教・仏教を同時に信仰するといったくだりは、まだ子どもで宗教のことなどよくわからずに言っているだけだという片づけかたをされてますが、これなども今のグローバル社会の混沌を象徴した表現です。

物語のしつらえ自体も、生還したパイが長じたのちの現在、小説家が数奇な体験をした人物に取材するためパイのもとを訪れ話を聞くという形になっています。つまり物語全体がパイの証言であり、最後には、実際にはボートに乗り込んだのはすべて人で、オランウータンが母、ハイエナが利己的で凶暴なコック(ジェラール・ドパルデュー!)で、トラはパイ自身であることが明かされます。しかし悲惨な状況を目の当たりにした少年が現実逃避・精神的な自己防衛のためにそれぞれを動物に置き換えて夢のようなストーリーを作り上げたとも考えられます。
どの話が本当なのか真相は藪の中。「羅生門」のようなもので、この小説家がパイの話を聞いて、いったい信じていいものやらなんとも言えない困惑した表情を浮かべます。真実がどこにあるのかは見る者次第です。

逆におとぎ話である分、映像はふんだんに誇張ができるわけですね。先進的な技術に貪欲な李はこの映画の企画を考えたときに、トラの映像はどうしてもCGに頼らざるを得ないわけで、それならいっそ映画全体で存分にCGIを活用してみようと思い立ったんじゃないでしょうか。貨物船の遭難シーンをはじめ、ものすごいスペクタクル映像の連続です。そのうえ過剰なまでにファンタジックな情景も次々と描かれ壮大な映像詩になっています。
この映画から3Dに取り組み始めた李はステレオカメラを使って本格的な3D映像を作り上げています。もっとも「ライフ・オブ・パイ」の映像の多くはCGで描かれており、実写部分もCGIとして加工されていますから、まあ半分以上はCGアニメを見ているようなものです。

それでもCGはやはり非常に高度な出来で、ことに海の荒波などは現実と同等で、どこまでが水槽で撮った実写でどこからがCGかはまったく見分けがつかず、ロケなわけがないからCGのはず、と思うまでのことです。でもメイキング映像で、ブルーバックで横からバケツで水をかぶせているようなところを見せられると、なあんだ…という気がやっぱりしますね(笑)。
トラもよく出来てます。これはやはりよく見ると作られたアニメーションだということがかろうじてわかりますけど、ものすごく緻密ですごいです。本物と見分けがつかないCGは今回の「ジェミニ・マン」のウィル・スミスのクローンですね。たぶんミリ単位のメッシュでモーションキャプチュアしての顔の表情は、本当に実写と区別がつかないレベルまで到達しています。

「ライフ・オブ・パイ」での3Dは超現実的な世界をリアルに描くというテーマに必要な手法だったんでしょう。水中撮影は素晴らしいし、夜間の満天の星空が水面に映る場面やミーアキャットの島も幻想的です。
それでも作りものの部分が多いだけに、興は半減というところでしょうか。やはりステレオカメラで普通に撮った映像が見たいものです。次回作の「ビリー・リンの永遠の一日」はどうでしょうかね。





191020

Wickie auf grosser Fahrt 2011
「ビッケと神々の秘宝」

ドイツの子ども向けアドヴェンチャーコメディです。舞台は千年ほど昔の北欧で、海賊ヴァイキングの部族が伝説の秘宝・雷神トールのハンマーを探す旅に出るという話です。トールはマイティ・ソーのことですね。
原作はスウェーデンの作家の子ども小説で複数のテレビアニメシリーズにもなるなど人気作のようです。わが国では「小さなバイキング」の邦題で翻訳されています。
以前見たフランスの「アステリックスの冒険」とちょっと似た感じですが、主人公が大人か子どもかという違いもあるし、こっちのほうは完全に低年齢層向けに作ってあります。我々はヴァイキングのことやヨーロッパ史全般についてよく知らないため、おそらくいろいろ埋め込まれている細かいジョークにはぴんときてないことでしょうね。まあでも基本的に子ども向けだし、気楽に見ていられる内容です。

こちらでは劇場未公開ながらビデオは発売されていて、レンタルDVDもあったので日本語字幕でせりふを確認することができました。DVDに収録されている本編は英語版で、オリジナルのドイツ語音声は入ってないですね。ブルーレイ3Dはもちろん輸入盤しかありませんからドイツ盤を取り寄せました。

主人公は写真を見て女の子かと思っていたら違って、劇中でもまるで女の子のようだと揶揄されるようなひ弱な少年という設定です。ところがこのビッケは部族長の息子で跡取りなんで、こりゃ大丈夫かいないうのが話のとっかかりです。
しかしビッケは体は小さいものの知恵があり、父が宿敵に拉致されてしまったリーダー不在の村を、族長の名代として頼りないながらもなんとかきり抜けていく…というストーリーですね。なにかいいアイディアが浮かぶとお決まりの鼻をこするアクションと派手なファンファーレで局面を打開していくさまが子どもに人気の秘密でしょうか。

本作はシリーズ二作目で、ビッケはじめ主要キャラクターは「小さなバイキング・ビッケ」(2009)を引き継いでいます。
ただ子役を起用した映画の場合、ハリー・ポッターシリーズに顕著なように、始めとその後では子役がみるみる成長していくため、本人には違いないけどもはや別人、みたいなイリュージョン感覚がありますね。
ビッケのシリーズは一作目のとき十一歳、本作で十三歳とほどよいところです。しかしブルーレイディスクのメニュー画面に出てくる新しく撮影された姿はぎょっとするほど大きくなっていて、小学生と中学生の差があります。こりゃ三作目ともなると、ませた中坊が子どものふりして活躍するちぐはぐなものになるんじゃないかと思ったら、主要俳優のひとりが亡くなってしまったためという理由で制作中止になっています。

しかし映画は、他愛のない子どもだましとはいえわりと楽しい作りにはなっています。大げさな芝居もあまり嫌味は無いし、出てくる者たちがほとんどすべてダメ人間というところもとぼけていて笑えます。
そうかと思うと航海の途中の島で女戦士の部族(アマゾネスかと思ったらワルキューレ)と遭遇、全員がプレイボーイ誌のグラビアから出てきたような格好で船乗りたちが鼻の下を伸ばすというような描写もあり、このへんの感覚はなかなか理解しにくいですね。アメリカともまた違うレイティングだろうと思います。

過剰なVFXがなく基本的にライヴアクション重視で撮影してあるところがいいですね。3D効果にとってもまったく望ましいありかたです。
その3Dですけど、これが先週見たのとは打って変わって素晴らしい出来ばえでちょっと驚きました。全編にわたってきちんと計算された3D映像が展開され、見どころの連続です。やはりちゃんとパンフォーカスで撮ってある立体画像はいいんですね。屋内・屋外シーン問わず良好な3Dを堪能できます。
それで先週見たのと同様、こちらもやはりボーナス映像が充実してます。当然のようにして3D映像でメイキングを作ってあり、スタジオのセットの中に置いたディレクターズチェアに腰かけてのインタヴューというようなものまですごい3Dで撮ってあるなど、いや好きだねーと思わずうなってしまいます。これがドイツ人気質なんでしょうか(笑)。これまた特典映像部分のほうもぜひとも日本語字幕付きで見たかったです。





191013


Die Vermessung der Welt 2012

文芸ものでこれもドイツ映画です。原作はダニエル・ケールマンの小説で、これは国際的なベストセラーだということです。わが国では「世界の測量」という邦題で翻訳されていますが、あまり広く知られてはいないんじゃないでしょうか。そのため映画は輸入されておらず日本語版ビデオも出てないし、私は本も読んでませんから話の内容がさっぱりつかめませんでした。ドラマの場合はせりふがわからないとちょっと辛いものがありますね。
本の紹介文を見てみると、十九世紀ドイツの二人の著名な研究者が主人公で、それぞれが独自の手法で世界のありようを解明していくというものらしく、それがタイトルの意味するところのようです。

アレクサンダー・フォン・フンボルトはフィールドワークを旨とし、ヨーロッパのみならずアメリカ大陸へも渡ってさまざまな生物の標本を採集するなど博物誌的な研究に生涯を捧げた人です。いっぽうのカール・フリードリヒ・ガウスは数学者であり、理論を積み上げていくことで万物の法則を解き明かそうとし、その対象は物理学や天文学にまで及んでいます。
いずれもナポレオンと同時代の実在の人物で、いわゆる知の巨人として後の近代科学の発展に大きな功績を残しているということですけど、どちらの名前を聞いてもぴんときませんでした。しかし電磁気の分野の単位にガウスの名が用いられていたり、フンボルトも南米の海流の呼び名になっていたりと、実際はその偉業数知れずということだそうです。

それで映画のほうはその二人を描く伝記で、ドイツと南米、それぞれが活躍する世界が交互に映しだされます。やはり映像としては新大陸で研究をするフンボルトのほうの、密林や広大な山野などの様子がスペクタキュラーですね。
しかし映像はディジタル処理によってけっこう色調を強めてあり、レンズにフィルターをかけて撮影したようなものになっています。ここはちょっと好みが分かれそうなところで、私としてはあまり人工的なCGIは映画の雰囲気にそぐわないんじゃないかと思いました。
また、話の内容がわからずに見ている限りでは、ふたりともそんなに偉大な業績を上げているヒーローという感じを受けないし、じゃあ人間ドラマとして描かれているかといえばそのようにも思えません。日本公開は難しかったでしょうね。

3Dのほうは悪くはないですけど少し物足りなさも感じます。全編をステレオカメラで撮影してあるし、おっと思うような大空間が3Dで描写されているシーンもいくつも出てきます。昆虫を見せるクローズアップもあってなかなかいいですね。
ただ全体的にはあまり立体感を出せていない場面が多く、努力は認めるもののやや残念賞かなというところです。制作側の3Dにかける意気込みはあるんですよ。ボーナスディスクはブルーレイ3Dになっていて、メイキングは3Dの解説に特化してあるんですね。わりと専門的な技術についても説明してあって、これだけでも日本語字幕で見たかったと思えるくらいです(笑)。





190922


Static 2013
「ビジター」

アメリカの独立系作品ですがB級映画ではありません。監督・出演者はともにほとんどが無名です。でも私は「シャーク・ナイト」に出ていたサラ・パクストンは知ってました(笑)。
これまたわが国では劇場未公開のビデオソフト発売のみという形ですから、レンタルDVDで内容は確認することができました。もっともせりふは非常に少なく、映像で語るスタイルは私の好みとするところです。

話はいわゆる「結末は決して誰にも話さないでください」式の、M・ナイト・シャラマン映画のようなタイプなんですね。本当に最後の最後で種明かしがされます。それによって、ええーそうだったのかと驚愕するかといえばそうはなりません(笑)。といって決してなあんだそんなかよとがっかりするほどでもなく、ああなるほどねうんうんという感じで、ビデオでもういっぺん見てつじつまが合っているかどうか確かめたくなるような仕組みではありますね。私はたまたま日本語版DVDとUS盤のブルーレイ3Dを続けて見ましたから、そつなく作ってあるなあという印象を持ちました。突っ込みどころはもちろんあるとはいえ、まあそれを言っちゃ野暮ってもんだというところですね。悪くは無いけどちょっと物足りないかなという位置の出来ばえです。一時間二十分の尺はコンパクトでいいですね。

共に溺愛していた三歳の息子を事故で亡くし打ちひしがれている夫婦のストーリーです。
ある夜、見知らぬ若い女が玄関をノックし、何者かに追われているので匿ってほしいと請われます。ガスマスクを着けた複数の大男が近くに潜んでいるというんですね。この女の様子もなにか不審な感じがあり、皆目状況がつかめないまま夫は女を招き入れます。
しばらくするうち女の話は本当だということがわかり、次第に緊張感が高まっていきます。このへんの演出ぶりはなかなかいいです。やがて侵入してきた謎の男たちに若い女は拉致されてしまい、夫婦はいよいよ絶体絶命、なんとか脱出の途を探りますが、なにしろ敵の人数さえわからない状況ではそれもままならないというところです。
それら畳みかけてくる衝撃に耐えるうちに意外な事実がいつくかわかってきて、サスペンスとミステリーが交錯していきます。映画は主に小説家である夫の視点で描かれ、突然襲ってきた危機に困惑し右往左往させられる心理がわりとうまく演出されています。

しかしこれ惜しいことに3Dが良くなくて、今ひとつどころか3Dとしての見どころはほとんど無いといってもいいくらいなんですね。立体感がちゃんと出ていれば好感の持てるインディーズ映画として記憶できたと思います。やはり夜の出来事ですから全体に暗い画面ばかりで、3Dを表現するのは難しいんですね。一部変換の部分もあるものの基本的にステレオカメラで撮影してあります。
コンパクトな機材を使っているようで、手持ち撮影で終始画面が揺れているところも、不安感を出すにはいいですが3Dにはマイナス要因です。またディジタルカメラの性能もそこそこのレベルのため、例えば室内の広い白壁などにモアレのような縞模様が出たりしています。暗い舞台設定でもやりようによって立体感を出すことはできるんですけど、この映画では監督の3Dに対する意気込みはあまり感じられませんでした。





190915


Lost Place 2013
「ハープ・プロジェクト」

ドイツ映画で、SFミステリーホラーという感じですね。なんでもアメリカ軍が実際に研究していたという触れ込みのハープ計画なるものを題材としており、謎の実験施設エリアに迷い込んだ四人の学生の恐怖体験です。パッケージアートからは、四人のうち二人が死ぬことがわかります(笑)。
HAARPというのがなんの頭文字か知りませんが、電磁波を利用して気候変動を起こし、さらにはそれをマインドコントロールにまで応用しようとしていたというようなマッドサイエンティフィックな理論が展開されます。
これはわが国では劇場未公開ながらビデオソフトは発売されており、レンタルDVDもあります。しかし当然ながら日本盤のブルーレイ3Dまでは出てませんから、ドイツ盤を購入してせりふはレンタルDVDで確認しました。

ネット上で宝探しゲームの情報を得てやってきたのがこの駐留アメリカ軍の実験施設で、その敷地内に宝物が隠されているためしかたなく無断侵入。人気はまったく無く、ただ立ち入り禁止と書いてあるだけなので難なく入ることができます。
ところが案の定、不可解な電磁波の影響で体に変調をきたし始め、電子機器を使うとそれが地雷のような危険なものに変わってしまうというわけのわからない理屈によって電話や車さえ使えず、脱出もままならないという状況に陥ってしまいます。私なら歩いて脱出します(笑)。

しかしまあこれがもうユルくてユルくて、私としてはありったけの集中力をふり絞って最後まで見通すことがなんとかできましたけど、これほど退屈な映画もなかなか無いと言っていいほどです。これならB級ゾンビ映画のほうがまだ笑って見てられるのでましだともいえます。
フィルムの編集をもし任されれば、素人の私でも三十分以上カットできるんじゃないかと思えるほどに冗長なんですね。演出の手法としては、正体不明の施設と目に見えない電磁波が相手ということで、静かに迫りくる悪夢といった感じで描きたかったんでしょう。しかしその恐怖があまりにも正体不明すぎて、見ているこっちも突っ込みどころが見当たらない状態です。

といってそれほど思わせぶりなところは無く、途中でこりゃひょっとしてオカルトかなと勘ぐるようなことは無いし、実は制御不能なAIの暴走でしたなんていう荒唐無稽な結末でもありません。なんのひねりも無く、やっぱそれで終わりかいというような実にフツーなエンディングを迎えるという、箸にも棒にもかからない代物です。HBKです。
最後の最後でエイリアンやら地縛霊が出てきたりしてあっけにとられたままエンドロール…というほうがまだましってもんです。

それでもって3Dのほうもこれがまたひどいんですよ。もうぜんぜんダメダメです。おそらく一部に変換のシーンもありそうですけど、基本的にステレオカメラで撮影してあります。しかし撮影監督が3Dのことをまるで理解できていないため、どうしてここでこういう撮りかたするかねというような場面の連続で、立体感が感じられるカットは数えるほどしかありません。
ドイツ人は3Dが好きみたいで、よそのどの国でも出ていないブルーレイ3Dがドイツ盤でだけリリースされているという例が多いんですね。それにしてはこの出来はいったい…? とちょっと不思議な感じです。好きこそものの上手なれではなく下手の横好き状態なんでしょうか(笑)。

このブルーレイ3Dのボーナス映像には3Dコンテンツが含まれているところが珍しく、3D好きの国民性が表れています。中には3Dの仕組みを解説するチャプターもあり主演のあんちゃんも顔見せしています。技術者が出てきてステレオカメラ(レッド・エピック)の解説までしますから、ここに英語字幕があればもっと良かったんですけどねー。でもそれで映画の3Dがだめなのはなぜ?





190908

Mas negro que la noche 2014
Darker Than Night

メキシコ・スペイン合作です。メキシコというとルイス・ブニュエルやアレハンドロ・ホドロフスキーといった著名人を思い出すものの、メキシコ映画というカテゴリーではぱっとイメージできません。アメリカ映画には、近いだけにメキシコを舞台としたものはわりとありますね。昔なら西部劇、今は犯罪映画とか(笑)。この前見たCGアニメの「リメンバー・ミー」もメキシコの話です。
また近年のハリウッド映画にはアメリカ・メキシコ合作というものも意外と多くあって、メキシコは思った以上に経済的にも発展している国のようです。

さて今回のもわが国では劇場公開もビデオ発売もされておらず、ブルーレイ3Dはドイツ盤しか出ていません。せりふはスペイン語でしかも英語字幕も付いてませんから、言ってることはまったくわかりませんでした。
しかし映画自体はハイレベルなつくりといってよく、映像やプロダクションデザイン、演出などはちゃんとしていてB級映画という感じはしません。
サイコサスペンスかと思って見てみたら地縛霊ものでした。古い大邸宅に一人暮らす未亡人がいよいよ没し、その姪がすべてを相続することになります。この家に友だち三人プラスボーイフレンドらと共にやってきて、とりあえず住んでみるかといった形で話は始まります。ところがやはり次々と不可解な出来事が起こり、この家にはなにかいる…ということになるところは定石どおりです。

まあーしかし、ちゃんと作ってあるとはいっても、その代わりそのどれもがかなりユルいんですね。ヤマなしオチなし意味なしとまではいきませんけど、キレなし・盛り上がりなし・カタルシスなしの実に平板な出来ばえです。きもかです(笑)。
演出は非常に抑制されていて、監督の狙いはそこにあるようです。しかしその底にある得体のしれない恐怖感がぜんぜん描けていないため抑えすぎたところがかえって退屈だし、終盤を迎え危機がたたみかけてくるところでも、見る者の想像を超えるようなシークエンスは結局ありません。

このへん、すべてがお約束で成り立っているようなゾンビものなどの独立系の低予算映画の場合、その一方で無鉄砲なB級スピリットが感じられるものもあるなどしてそれはそれで良かったりもします。その意味ではこの映画はちょっと気取りすぎなんですよね。せっかくちゃんと予算かけてあるのに、もったいないなと思えます。
家のことすべてを任されてきた老家政婦がキーパーソンで、このマルガリータ・サンズという女優は見たことありませんがヴェテランらしく達者な芝居です。不気味なんだけどいかにもって感じでもなく、悪意があるのか無いのかまったく読み取れない演技は見どころで、というか見終わってこの家政婦の姿しか記憶に残りません(笑)。

それでもって3Dのほうが良ければ文句は無いというものですが、これまたせっかく全編をステレオカメラで撮影してあるというのに、立体映像を生かせてないんですね。演出の方針からやはりショッキングなこれ見よがしの3Dにはしていないのはいいとして、古い屋敷の中などはもっと空間の奥行きを見せることができたはずです。ここもまったく惜しいところです。





190818


「リメンバー・ミー」
Coco 2017

これもロードショウに行きました。字幕版の3D上映は無かったのでしかたなく吹き替えで見ました。そうするとやはり主人公の子どものキンキン声がやたらと耳について、ほとんどその記憶しか残ってません。
マリアッチーになることを夢見る少年の冒険で、この子の歌もフィーチュアしてあります。吹き替えの歌はわりと達者で感心したんですが、今回字幕版でオリジナル英語音声を聞いてみると、これがほとんど一緒という感じでした(笑)。
そもそも舞台がメキシコなので英語劇だというのも変といえば変だし、そのためかどうか、英語版のほうが優れているというようには感じられませんでした。準主役のキャストが「モーターサイクル・ダイアリーズ」(2004)でチェ・ゲヴァラをやったガエル・ガルシア・ベルナルでメキシカンだとはいえちと地味ですね。

この少年が年に一度の祭り・死者の日に、あるきっかけで現世と冥界を行き来することになります。あの世で知ったことは、現世で祭壇に故人の写真が飾られ人々の記憶に残っている限りは霊魂であり続け、盆に地上を訪れ子孫の安泰を見届けることができるというルールです。
しかし誰からも忘れられてしまうと霊魂も消滅する運命にあり、“永遠の無” と化してしまいます。どちらがいいかは見かたの分かれるところでしょうけども(笑)、とりあえず映画では死後は霊界で楽しく暮らすのが健全なこととされています。

話は、ひいひいじいさんにあたる人物が一族の歴史の中では災いの元凶とされ疎まれており、遺影が飾られていないわけですね。しかし少年はこのひいひいじいちゃんを密かに音楽家としての師と敬っており、実はその人がメキシコの国民的大スターだったという確信を得て勇躍します。
この大スター、あの世でも当然ながらセレブ中のセレブで、死者の日には盛大なコンサートを開いています。そこで固い警護を縫ってなんとか本人に会い、親族に許しのまじないを唱えてもらうことによってのみ少年は現世に戻ることができます。

そういった舞台設定のうえで、偶然知り合ったちゃらんぽらんな男に助けてもらいながら目的に向かってまっしぐら、という構図は「ファインディング・ニモ」を踏襲しています。しかしストーリーは少々妙味に欠け、ミステリーの要素も加味されてはいるものの真相は簡単に予想がついてしまうしで、どうもひねりが無さすぎて退屈です。
音楽が主題の一つですから、劇中もたびたびミュージカル演出があって楽しい…はずが、これもどうも今ひとつなんですね。邦題になっている「Remember Me」は主題歌で、ひいひいじいちゃん作曲によるメキシコでは誰もが口ずさむ名曲という設定ながらこの曲がまたまるでつまらない(笑)。マリアッチー音楽をふんだんに聞くことができるかというとそうでもなくで。

となると残るは映像ですね。なにしろ死者の国ですから幻想的というよりは幻想そのものであり、すべてがおぼろに光るイルミネイション状態です。色彩もパープルとオレンジを基調にしてファンタスティックはファンタスティックなんですけどねーしかしもうひとつ、うわーこりゃすごいというほどの映像スペクタクルにまではなっていません。
霊魂はすべて骸骨の姿をしています。これが見かけも動きもコメディにはぴったりというところ、なぜかこれも今ひとつなんですね。全体の演出はコメディとはいえスラップスティックではなく、ちょっと中途半端なところがあるからかもしれません。

いよいよそうなるとあとの見どころは3Dしかありません。まあしかしこれも悪くは無いけどね…というところ止まりで、死者の国は特に立体的に描いてあるというわけではありません。むしろ現世での市場の様子などのほうがしっかり3Dになってます。
この映画の登場人物は人間で、デフォルメのしかたはアニメとしては真っ当なレベルです。これがジオラマの中で動き回る生の人形劇のように見せてくれれば面白いところなんですが、なかなかこれが難しい。まあー「普通の3D」としか言いようがありません。





190811

「モンスターズ・ユニヴァーシティ」
Monsters University 2013

いっぺんロードショウに行ったものもついでにブルーレイ3Dで見直すことにしました。この「モンスターズ・インク」(2001)の続編は、3Dでも字幕版が上映されたかどうかははっきりと記憶はしてないんですが字幕版で見たと思います。実はあまり強く印象に残った映画ではなかったんですね。
どこでもドアを使ってモンスター界から人間界へと侵入し、子どもの悲鳴エネルギーを集める作業員を養成する大学が舞台です。一作目の前日譚というわけです。

しかし今回六年ぶりに見直したところ、あれーこんな面白かったかなあとちょっと意外でした。まえ見たときはなにがそんなに気に入らなかったのかわからないくらい充分面白くできてるんですよ。
一作目ではすでにモンスターズ社で一流の怖がらせ屋として活躍する青い毛むくじゃらのサリーと、それを補佐する一つ目のマイクの二人が主役で、たしか二人とも同等の扱いだったと思います。しかし今回の続編では完全にマイクを中心とした一人称的な描きかたをしてあるところが違いです。

子どものころから怖がらせ屋のスタープレイヤーを夢見ておおいに努力してきたマイクがいよいよ登龍門であるモンスターズ大学に入学を果たし夢の実現を目指します。しかしそのひょうきんな外見では怖がらせ屋となるのは難しく、学習の面でいくら努力したとしても克服することのできない壁があることを知ることになります。
そこのところは普通のスポ根もののように、ハンディキャップがあっても知識と知恵とガッツでこれを打ち破る…といういかにもアメリカ人好みのサクセスストーリーで、実際いいとこまでは行くんですけどね。結局はあきらめざるを得なくなるという、わりと残酷な現実を見せられることになります。

このへん、一度目標として掲げた夢を最後には路線変更してしまうというところ、こういった子どもも見るようなエンターテインメントものにまで現実味をうかがわせる、非常に今日的な仕立てになっています。同時多発テロを経験し世界というものを知ったアメリカ人の、どうにもならないこともあるという心情が表れているように思えます。
しかし話としては、それでいいじゃないかということなんですね。諦めるというのではなく、それまでとは違った新しい方向性を見出し自分の能力をもっと活かしていくという、あるいはそれが本当のアメリカンドリームなのかもしれません。

マイクがビリー・クリスタル、サリーがジョン・グッドマンで前作と同じです。主役のクリスタルがやはり上手く、熱演です。サリーはわりとちんけな奴として描いてあり、初めのほうは努力することを知らぬ鼻持ちならないキャラクターです。映画としては、サリーが自分の愚かさに気づき成長していくところをあくまで傍流として描いてありますから、サリーの活躍はほとんど印象に残りません。
ラストはモンスターズ社に入社し(メイルボーイとして!)やがて頭角を現すというところまでで、また一作目を見直したくなってくるうまい演出です。

さて3Dのほうですが、この時期のピクサーはあまり挑戦的な3Dにはしてありません。次回作の「インサイド・ヘッド」(2015)でもそうでしたけど、おとなしめというか、3Dになってはいるけどねという感じで、おおっとうなるような立体の場面はほとんどありません。ウーズマ・カッパ宿舎の室内などがなかなかいい奥行きが出てました。
CGはやはり最高の出来ですから、今度はすごい3Dを見せてほしいですね。とりあえず「トイ・ストーリー4」が待ち遠しいです。





190721


「インクレディブル・ファミリー」
Incredibles 2 2018

こちらも続編です。一作目「インクレディブルズ」(2004)の内容をピクサーの親会社のディズニーは快く思っていないというような話を聞いていたので、続編は作られないものと思ってました。アメリカンスーパーヒーローコミックスのパロディとなっているストーリーがディズニー的ではないということだったんだろうと思います。
しかし映画は理屈抜きに面白い傑作ですから、公開後の観客の反応を見ればディズニー側はその考えが誤りであったことにすぐに気づいたことでしょう。

それでまたすぐに続編が制作されることなく、実に十四年を経ての同じ監督による「2」。ディズニー/ピクサーの並々ならぬ力の入れようがわかります。
ブラッド・バードの出身はピクサーでもディズニーでもなく、ワーナー・ブラザーズで「アイアン・ジャイアント」(1999)を作ってからのピクサー入りです。「インクレディブルズ」の後にはこれまた傑作の「レミーのおいしいレストラン」(2007)を監督したのち、その手腕を見込まれてか実写映画にも進出、2011年に「ミッション・インパッシブル~ゴースト・プロトコル」を監督します。アクション演出・ストーリーテリングの才能が本物だったということをここで証明します。

私は「インクレディブル・ファミリー」はロードショウには行かず、初めからビデオで見るつもりしてましたから今回が初見です。
その前に、久しぶりでまた「1」を見直しました。これはロードショウで見たあと、あまりの面白さにビデオが出てからも一二回見ました。いま改めて見直しても、やはりこの一作目は傑出しています。
スーパー一家のキャラクター設定が練りに練られており、一見主人公に思えるパパは実際はただ力が強いだけのお人好しの単細胞で、どちらかというと困ったちゃん的なキャラクターです。一家をリードするのは、知性に富み思慮深くスーパーパワーも強力なゴム人間の夫人で、頼れるママぶりがすごいです。

このビミョーな夫婦関係を柱に、すでにスーパーパワーが覚醒している二人の子どももうまく描いてあり、特に思春期の娘のエピソードが実に効いています。
相棒の冷凍人間フロゾンは声がサミュエル・L・ジャクソンでこれまた抜群、さらに特筆されるのがスーパースーツのデザイナーのエドナ・モードでこの人まったく最高です(笑)。エンドロールを見て驚いたんですが、声はブラッド・バードその人が担当しています。
かなりゴチャゴチャした群像を描き分け、加えて強力な悪役が投入されるなど、凡百の演出家なら目も当てられないような結果になったかもしれません。しかしバードはこれを絶妙に交通整理し見ごたえ充分のコメディ映画に仕立てています。

それで「2」のほうですけど、ひとことで言うと傑作の続編というのはやはり難しいものなんだなということです。
つまらないわけではなく充分に楽しめる出来にはなっています。しかしこちらの期待度は最高潮なだけに、それに応えるだけの水準には達していないということですね。「マトリックス」と一緒で、一作目が飛びぬけて面白すぎると続編はそうはいかないというのは、考えてみれば当たり前と言ってもいいかもしれません。「マトリックス」同様、続編も充分面白いんですけどね。

一作目で団結力が強まったインクレディブルファミリー、これを単に強大な悪者との対決という構図にすることはたやすかったでしょう。でもそれではつまらないということで、今回も基本的にはスーパーヒーロー対これを怖れ違法化してしまった社会というわりと大きな問題を主軸にしてあります。この時点で、ちょっとシリアス度が高めになってしまったというのが本作のひとつの弱点ではないかと私は見ています。
いっぽう悪役はというと今回は後半までその正体がわからないミステリー仕立て。盛りだくさんのアクションコメディエンターテインメントの器の中では、少々気が散る要因です。

そういったマイナス面を承知のうえで果敢に制作に取り組んだバードをむしろ賞賛すべきでしょう。ただ私としてはどうしても気になってしまったのが、赤ん坊のジャック・ジャックの扱いかたです。その能力はあまりにもワイルドカードすぎてその上制御不能ときてますから、なんというか見ているこっちのキャパシティを超えてしまってるんですね。
前作の終わりかたから見て、続編は当然このジャック・ジャック中心のストーリー展開になるはずだと予想させるものがあります。ところが実際は、重要なエピソードではあるとはいえやはり今度も話にアクセントを加える役割の域を出ないものでした。扱いが難しすぎたんでしょうね。
まあしかし、アクションシーンのイラスティガールの大救助活動劇はものすごいスペクタクルで素晴らしいです。また今回もフロゾン大活躍だし、なんといってもエドナがまたぶちかましてくれますから、私としては満足してます(笑)。

「1」のほうは結局3D化されてませんから、3Dは今回初めてですね。CGのレベルも上がって、「カーズ3」同様に立体感もよく出ており上出来です。スクリーンスレイヴァーの放つ催眠画面はもっと度肝を抜くようなミラクル3Dワールドにしてほしかったんですが、やはりそれはまずいということでディズニーから待ったがかかったんでしょう、たぶん(笑)。
全体に精密でリアルな立体空間が作られていて、まるでジオラマの中の人形劇を生で間近で見ているような感じです。ピクサーの3Dは確実に向上してますね。「トイ・ストーリー4」が楽しみです。





190714


「カーズ~クロスロード」
Cars 3 2017

2006年の「1」、2011年の「2」に続く三作目で、そんな人気作なのかなあという感じです。やはり小さな子どもには好まれるのかもしれませんね。
ウィキペディアの「ピクサー・アニメーション・スタジオ」のページにこれまでの興行収入も載ってました。それによると最低が「アーロと少年」(2015)というのはそりゃそうだよなと納得のいくデータです。次いで「バグズ・ライフ」(1998)と「トイ・ストーリー」(1995)となるのはまだ初期段階でモンスターカテゴリーに成長する前だからでしょう。
それに続く下から四番目と五番目が「カーズ」の一作目とこの三作目なんですね。二作目はというと「ウォーリー」(2008)・「メリダとおそろしの森」(2012)よりはましという下から九番目です。
やはり興行収入からはぜんぜん人気シリーズでもなんでもないというのがわかりますが、しかしビデオや配信などで長期的に稼げるコンテンツだということかもしれません。

そういったビジネス上の理由は別にして、映画を見てみるともうひとつの理由がこれだなと思えることがあります。この「カーズ」は人がまったく出てこず、すべてのキャラクターを車で表現してあります。そのためアニメーションのテクスチュアにおいて、かなり高度なリアルさを追求してあるんですね。
フロントグラスの部分に目を入れ、前面のライトの間に口を付けてまんが的な動きをしている以外は基本的に実写に準じたCGをデザインしてあります。タイヤの弾力を誇張したりという最低限のアニメ表現はあるとはいえ、これが手足のように伸びて二足歩行したり流星号のように車体がくねったりするようなテックス・エイヴリー的なスラップスティックはありません。車体の向きを変えるときはちゃんと前輪をステアリングさせバックするなどして移動するんですね。そのへん非常に緻密にできています。

こういった、実写映画にそのまま転用できるようなリアルなCGとまんが表現との接点のさじ加減の技術開発・ノウハウの継承というのもまた、本作のような映画をあえて作る目的として大きいんでしょう。
実際、出てくる多くの車の表面の質感は素晴らしく、メタリック塗装の光沢は見事というほかありません。特にその曲面に周囲の様子が反射するところは驚くほどの写実ぶりです。やはり光の表現こそがCGの出来不出来を左右する最も重要なファクターなんだろうと思います。

では話のほうはというとこれはまあまあこんなもんですかというところで、単なる拡大再生産的なところもなくきちんとひねりも加えてあってうまくまとめてはあります。基本的に今回もスポ根ものであり、台頭してきた新世代のハイテクカーに引導を渡されかけているところこれにどうやって一矢報いるかというのが筋立てです。
しかしその過程は、手に汗握るスリルを覚えるわけでなく大きなドラマがあるでもなくで、どのエピソードもなんだか無難に進んでいく感じです。二時間見ていて退屈するわけではないという点で、充分面白くできているといって差し支えありません。もうこれで終わりだよね…? と思えるエンディングですから、はいご苦労さんでしたと綜合評価していいと思います(笑)。

やはりキャラクターの造形がどうしても感情移入しにくいものなので、その世界観に入っていけないというところはいかんともしがたいですね。私なんかそもそもカーレースには何の興味もないためそうなのかもしれません。ウォシャウスキー兄弟というか姉妹の「マッハGoGoGo」もぜんぜん楽しめませんでした。いやでもロン・ハワードの「ラッシュ」(2013)やアダム・マッケイの「タラデガ・ナイト」(2006)は面白かったですからねーそうでもないですか?(笑)

さてそれで3Dのほうですが、これはとてもよく出来ていて見ごたえがありました。全体に実写に即した情景ですから、まんがなのにすごくリアルなグラフィックだというCGアニメの持つ錯視的な要素がここではあまり奇妙には感じられないという利点があります。
わりと遠景の場面の多いこの映画、広いサーキットや荒野などの大空間をシャープに描き、立体感は申し分ありません。自然の風景を自然に見せるという3Dの基本があっていいですね。

ブルーレイ3Dにはボーナスとして、劇場でも同時上映されたと思われる3D短編「LOU」が付いています。これが面白さという点では本編を完全に上回っていて(笑)、やはりカートゥーンというものは本来短編でこそ本領を発揮できるものだと思えます。
他の子どもに意地悪をする問題児が実は自分も幼児期に同じことをされたのがきっかけだった…というようなストーリーを有無を言わさぬスピード感で見せていきます。最後は精霊の働きでその深層心理を暴き、心の再生へ導いていくというのをわずか六分余りのサイレントで表現しています。





190623

Cease Fire 1953

モノクロの朝鮮戦争ものです。これがセミドキュメンタリータッチになっていて、全編を休戦直後の朝鮮半島でロケを行い、出演者もすべて本物の兵隊だという野心的な映画です。つまりほとんどすべての装備が実物だという、おそらく戦争マニアにはたまらないフィルムになってるんじゃないでしょうか。
実際砲撃シーンや手榴弾の投げ合いなどは真に迫っていて、最前線というのはこんな感じなのかというところは非常に興味深いです。

話自体はフィクションです。まさに今、板門店で休戦協議が行われているというその時、前線ではまだにらみ合いと衝突が起こっていて、中国兵部隊の動きを偵察に行く斥候兵が主役です。十人くらいの小部隊を組んで山を迂回し地雷原を進み、敵の狙撃兵を排除しつつついに敵師団を発見、空軍にその情報を送り爆撃機で殲滅を図る…という一連の作戦が描かれます。

その様子はわりと淡々としており、普通のアクション映画みたいに過剰な演出は施されていません。単に予算の都合だったのかもしれませんけど(笑)、兵士らはなんだかだらだらと行進して緊迫感があまり感じられないんですね。生死を分ける迫撃砲の雨の中でも、まあしゃあないわなというような感じで飄々と行軍するんですよ。
いやいや戦っているふうではなく、といって祖国のためなら俺は行くというような熱血戦士でもなくで。だから見ていて少し拍子抜けするようなところもあり、俳優ではなく素人だからこんな風なのかなとも思えます。

しかし一方で、本当の戦場ももしかしたらある種こういう雰囲気なのかもしれないなとも感じるんですね。長く従軍していれば死と隣り合わせは日常のことだし、死ぬも生きるも運次第というのは多くの兵士が悟ることなのかもしれません。ほんとうに、みんな淡々としてるんですね。きのうまで実際に戦っていた人たちなわけです。
それでもある程度芝居のできる者たちを選抜してあってまったくの学芸会というようなものでもなく、意外とみんな達者に演技してます。

撮影はしっかりしていて、きちんとカメラをセッティングしたうえで撮ってありますから、実際に戦闘が行われたその場でロケをしたというわけではないでしょう。報道を目的とした記録映画とは一線を画すものですから、当然ながら安全を確保したうえでの撮影ということになれば、戦場からは少し離れたところで模擬的にシチュエイションを作ったんでしょう。
それでも朝鮮半島でロケ敢行ということには違いありませんから、映画の予告編を見ると「これぞ本物の迫力」と大々的にアピールしてあります。
当時の板門店の様子が空撮で出てくるんですが、これが今と違ってだだっ広い農地の真ん中にぽつんと設けられた公園みたいな感じで一見の価値ありです。軍事境界線がまだはっきりと定まっていないことがわかります。

それをまた大型のステレオカメラを持ち込んで3D映画にしようてんですからプロデューサーもよほどの山師です(笑)。しかし映画自体はちゃんと作ってあって、一流の大作とまではいかないもののB級ではありません。
それで3Dの出来のほうはなかなかいい感じで、塹壕を見下ろすカットや山あいの行軍シーンなど立体感は充分出ており見どころは多数あります。大砲がカメラに向かってにゅっと突き出るところもあざとさは無くて、砲口から装弾口まで見通せるところなどよく撮れています。
フィルムの状態が良くて、3-Dフィルム・アーカイヴのディジタルリストアによって極めて鮮明な画像を見ることができます。





190616

Gun Fury 1953
「限りなき追跡」

私は西部劇についてはほとんど知らないと言っていいですが、この映画はおそらく典型的なプログラムピクチュアとしての西部劇なんだろうと思います。
駅馬車、強盗、ガンファイト、投げ縄、ヒーローの死と復活、裏切り、ロマンス、正義の怒り、インディアンなどなど、盛り込めるものは全部盛り込みましたという感じです。

ひとつ特徴のある設定としては、悪党一味の中にひとり首領のあまりの悪行をいさめる者がいるというのがあります。サンダンス・キッドがブッチ・キャシディにそんなことやめろよと意見して怒りを買いリンチにあうというような展開なんですね。
この男は首領と同格くらいの地位で、用心棒として雇われていたのかもしれません。この男の立ち位置がストーリーの大きな柱になっていき、強盗一味でありながらやがて主人公の味方となり心の友ともなっていくという、ちょっと面白い人間関係が描かれています。

もっともそれがうまくまとめてあるかというとそうとも言えず、やはりご都合主義的な演出がそこかしこに表れ、突っ込みどころが次々と出てきます。しかし「水戸黄門」にいちゃもん付けてもしょうがないのと一緒で、観客の好む通りの展開にしていくのがプログラムピクチュアの正道というものです。
そのへんはB級映画とは一線を画していて、俳優の芝居やアクション演出などはちゃんとしていて職人的な作りかたです。終盤まで悪党がリードしながらも最後の最後でヒーローが敢然と立ち向かいついに敵をやっつける…やったぞバンザイで気分よく映画館を後にすることができるわけで、紋切型で何が悪い、ということですね。

そういうところを飲み込んで見てさえいれば、なかなか面白いと言えるんですよ。ラストの対決シーンなどは撃ち合いではなく素手の殴り合いで意外と迫力のあるアクション演出になっているし、決着のつきかたも印象的です。
手に汗握るスリラーとまではなってなくとも、最後はおーいいぞワハハハーと拍手喝采したくなるように作ってあってうまいですね。悪役が死んでから二十秒後くらいにはジ・エンドの文字が出てきます(笑)。

そんな普通の出来のこの映画、当時わが国でも劇場公開されています。立体映画として上映されたかどうかはわかりませんけど、コロムビア映画でテクニカラー、二枚目俳優と美人女優の共演というのが売りものだったんでしょう。
主演はロック・ハドソンです。名前は知っているものの出演作は初めて見ました。スタローンをもっと男前にしたようなハンサムガイですね。そのいいなずけがドナ・リードという女優で、フランク・キャプラの「素晴らしき哉、人生」(1946)に出ているようです。
また日本盤のDVDも現在発売されていて買うことができます。レンタル版は無さそうで、わざわざセルビデオを買ってまでせりふを確認しようとまではちょっと(笑)。

ブルーレイ3Dは先週見た「Inferno」同様、米トワイライトタイムがディジタルリストア版をリリースしています。この西部劇はフィルムの画質は少し劣る感じで若干粒子が粗いですね。でもこちらもテクニカラーですから色彩はとてもよく再現されています。特に赤土の荒野を広々と撮ったロケシーンは、抜けるような青空と灌木の緑が素晴らしい色です。
夜のシーン(昼間に暗いフィルターをかけて撮影しただけ)がわりと多くて、ここはちょっと絵的に見苦しい感じです。

それで肝心の3Dはなかなか素晴らしいものがあって満足できました。全編にわたって、とまではいかずいいとことそうでないとこがあるとはいえ、おおむね良好な立体映像を楽しむことができます。やはり西部のまぶしい太陽光のもと繰り広げられるロケシーンが見どころで、色彩の良さもあって見事な3D映像になっています。
馬もたくさん出てきて力強く走るところはなかなかいいですね。冒頭いきなり駅馬車の疾走シーンで、カメラを六頭立ての馬車に載せての撮影を敢行してあります。かなりぶれるもののこれが迫力満点です。屋内のカットも基本的にパンフォーカスにしてあってきちんと立体にしてあります。

クライマックスの人質交換シーンで広い谷をはさんで双方対峙するところ、その大空間の描写はなかなかの見もので、「ザ・ウォーク」に通ずる醍醐味があります。なんといってもこちらのほうはCGではなく実写です。
やはりクラシックの3D映画は見どころがあっていいですねー。





190609

Inferno 1953
「地獄の対決」

モハヴィ砂漠を舞台とした犯罪ドラマです。わりと映画の題材となることが多い地帯ですね。
百万長者の実業家が出かけた先の砂漠の山上で脚を折るけがを負い立ち往生。妻と会社の部下にあたる男の二人が助けを呼んでくると言ってその場を去りますが実はこの二人は不倫関係にあり、このまま実業家を放置して野たれ死にさせてやろうと示し合わせます。
偽装工作を行って、実業家が一人で遠出した際に車がエンコしたあげく徒歩でさ迷いそのまま行方不明に…というような作り話を保安官に信じさせることに成功、まんまと二人してねんごろの生活を手に入れます。

いっぽう夫のほうはどうなったかというと、いつまで経っても助けが来ないのでだまされたことに気づき、こんなところで死んでたまるかとサヴァイヴァルに賭けます。
遭難場所は岩だらけの崖の上で、これなら骨折した脚ではとても降りてこれないだろうと妻と愛人は考えたわけですね。ところが実業家は持ち前のポジティヴ思考でもってこの難局に冷静に対処しみごと下山に成功、あとは車か飛行機か、誰か通りがかってくれさえすれば、というところまでこぎつけます。

しかしそのころ妻と愛人のほうは実業家の死亡を確かめようと現場に戻ってみるともぬけの殻で、しかも下山した形跡を見つけるに至って結局こうなったら探し出して撃ち殺すしかないという身も蓋も無いような話に方針転換します。
情夫は実業家の後を追跡しとうとうその姿をとらえますが、照準を合わせたそのとき、近くに住む百姓の車がやって来て実業家はすんでのところで助けられます。

このへんの描きかたはなかなかスリリングで、この時代の映画としてはよくできているほうじゃないでしょうか。クライマックスの、百姓の小屋での実業家と情夫との対決シーンはけっこう迫力のあるアクションになっていたりします。ロイ・ウォード・ベイカーという中堅の監督です。
妻はロンダ・フレミングでなにか見たことのある女優だと思ったら、以前見た3D映画「Those Redheads from Seattle」の姉妹の一人でした。
しかしわが国では劇場未公開でビデオソフトも発売されてません。資料によるとテレビ放送されたことはあるらしいです。トワイライトタイムがブルーレイ3Dを発売したのでこれを買いましたけど日本語字幕は付いていません。

テクニカラー映画です。やはりこれが色がすごくいいんですね。この本物のテクニカラーはディジタルリストアするにあたって素晴らしい効果を上げることは「オズの魔法使い」(1939)で証明されています。舞台が砂漠なだけに色彩にあふれているわけではないものの、強い日差しの荒野での赤い岩と青い空の対比が鮮明な映像になっています。
メイキングを見ると大型のステレオカメラを使って撮影されています。ロケ撮影ですから、さすがに三本のモノクロフィルムで撮影する本格的なテクニカラーというわけではなさそうです。

それで3Dのほうですがこれもまた素晴らしい効果が出ています。広々とした砂漠の様子がよくわかるし、室内シーンやセット撮影でも多くがパンフォーカスにしてあって良好な立体画像になっています。スタンダードサイズの画面がいいですね。
また演出面でも、カメラに向かって物を突き出すような撮りかたはほとんど無くてヒッチコックの「ダイアルMを廻せ」(1954)を思い出しました。やはりこの時代の本格的な立体映画は見ごたえがあるんですよね。なんといっても変換3Dのようなまやかしの無い本物です。
3-Dフィルム・アーカイヴのリストアプロジェクトは続々とこれらクラシック3D映画のブルーレイ3D化を進めていますから、今後が楽しみです。





190519


「センター・オブ・ジ・アース2~神秘の島」
Journey 2: the Mysterious Island 2012

邦題からするとまた地底世界を訪れる話でなきゃおかしいですけど違って、実際は南太平洋にある神秘の島での冒険譚です。原題では当然ながら「センター・オブ・ジ・アース」の表記は削除してありますから、日本の配給会社が持ち前のテキトーさで前作のタイトルのままで押し切ったわけですね。邦題の矛盾に気づいた客がいても、地底の大海にある神秘の島のことかと思わせりゃそれでいいだろというところでしょうか。

やはりこれもジュール・ヴェルヌが「地底旅行」の後に書いた「神秘の島」(1875)の現代版という仕立てになっていて、さらにこの島は実は「宝島」(ロバート・ルイス・スティーヴンソン、1883年)と「ガリヴァー旅行記」(ジョナサン・スウテフト、1726年)に描かれたのと同一の島のことだったというまんが的な設定が加えられるなど、荒唐無稽ながらいろいろと楽しめるしつらえになっています。映画の作りは前作と大きく違うところは無いといっていいものの、アトラクション映画の続編としてはよく出来ているほうですね。

主演はブレンダン・フレイザーに代わってザ・ロックが務め、十三歳だった坊主が少し大きくなって再登場してます。
前作でこの子の父の死亡が確認されたため継父として家庭に入ったのがドウェイン・ジョンソンで、ご多分に漏れず子どもは反発しています。そこに何者かから無線通信による謎のメッセージが届き、これが南の島への招待状となります。
前作では触れられていなかった祖父がここでクローズアップされます。やはり冒険家にしてヴェルニアンという人物で、ここ数年は行く先知れず。それでメッセージの暗号を解読すると、南太平洋のバミューダトライアングルみたいなところに地図に載っていない前人未到の島があるらしいという話に膨らんでいき、当然ながら子どもと継父は冒険旅行に出かけます。

パラオからヘリコプターで(パイロットはルイス・ガズマン!)指定された座標を目指すとそこはお決まりの竜巻渦巻く嵐の海で、あっという間に機は遭難、目が覚めると全員が島の砂浜に打ち上げられていた…という定石通りの導入部は安心して見ていられます(笑)。
ここもなにしろ神秘の島ですから、地底世界のような異次元空間になっています。いちおうセオリーとしては小動物は巨大に、大型動物はミニチュアになるらしく、太った猫くらいの大きさの象が最高です。
逆に恐竜サイズのトカゲに追い回されたり蜂の背中に乗って飛び回ったりと今回もアトラクション性はふんだんに盛り込んであります。これが前作よりもずっとこなれていて、子どもでなくとも充分楽しめます。

やっぱりいたのかおじいちゃんってわけで登場するのがマイケル・ケインです。一癖ありそなインディアナ・ジョーンズで、継父のジョンソンに嫌味を使いながら島を案内します。
ところが百四十年周期で海中に沈んだり島として現れたりを繰り返しているはずのこの島、祖父の計算ではまだ間があるはずなのになぜか突然の地殻変動で明日にも沈没しそうなことが判明、一行は急遽脱出の途を探ります。
ここに行きゃなんかわかるんじゃないの、とネモ船長の墓を見に行くとちゃんとあるんですねーノーティラスの隠し場所の地図が(笑)。さっそく万難排し島の反対側の停泊場所まで移動、いろいろ困難がありながらも無事に原子力潜水艦顔負けの装備のノーティラスに乗って辛くも沈みゆく島を脱出、というお話でした。

見どころはいろいろあるんですが、私としてはやはり3Dの出来ですね。これはとても良かったんですよ。前作はちょっといいかげんな作りになっていたのに、こちらのほうは素晴らしい立体効果が出ていて上等です。
もちろんCGもふんだんに使ってあり、ファンタジックな島の光景などはほとんどCGによる描写です。ところがCGの3Dはいまひとつで、ほんとに書き割りみたいに見えるんですね。しかしスタジオで撮影された手前のセットの部分は立体感がよく出ていて、本作のステレオグラファーは優秀な人のようです。これ見よがしの飛び出し効果を見せる写しかたはしておらず、あくまでナチュラルにその場の空間を再現するような手法になっていていいですね。画質もよく色彩豊かで、ブルーレイ3Dで見るとほんとに見ごたえがあります。当時ロードショウにも行きましたけど、こんなにいい3Dだったかなあと今見直して感心しました。

もうひとつは芝居のほうで、ケインは相変わらずの怪演ではまっているし、なによりジョンソンがいいですね。もう俳優業も板に付いていて、ナイスガイ役をうまく演じています。この手の映画ではスーパーマンになりがちなところ、適度に引いて普通の男として活躍しているのがまたこの役者にドンピシャですね。劇中「What a Wonderful World」を歌い玄人はだしの喉を披露します。





190512

Journey to the Center of the Earth 2008
「センター・オブ・ジ・アース」

2000年代に入ってからの3D映画ブームの最初期に作られたもののひとつです。私もいったいどんなもんだろうと物珍しさで見に行きました。赤青式のアナグリフィックではなく偏光方式で、めがねも紙でなくプラスチック製のわりとしっかりした作りのものだったのでちょっと驚きました。途中休憩なしの上映でしたから、フィルムではなくDLPだったはずです。

ビデオソフトのリリース方法はというと、3D版のブルーレイディスクも発売はされたんですがこれがブルーレイ3Dではなくアナグリフィックなんですねーまだこの頃のものは何枚かそうで、「コララインとボタンの魔女」「ファイナル・デッドサーキット」「マイ・ブラディ・ヴァレンタイン」が “赤青式のブルーレイディスク” です。
しかたがないので、この「センター・オブ・ジ・アース」も輸入盤を買いました。残念ながら日本語字幕は入ってません。でもロードショウで一度見たので話はあらかた覚えてますから、レンタルDVDで改めてせりふを確認することもしませんでした。

まあ内容はわりと簡単なもので、完全にファミリー向けのアドヴェンチャーファンタシーです。私は映画のモチーフとなっていて劇中にも出てくる古典SF小説「地底旅行」(ジュール・ヴェルヌ著、1864年)を読んだことがないんですけど要は地球空洞説であり、地球の中心には地上とは別の異次元的な世界が広がっている…というものです。
モチーフといってもストーリーはほぼ原作と同様に展開するようで、小説を現代版に翻案したものといってもいいものです。

どのくらい異次元かというと、巨大な人喰い植物やら恐龍やらが普通に出てくるし、どういう理屈か不明な太陽のような光源もあり昼間の明るさ。そのうえ広大な海まであるんだからおとぎ話もいいとこです。地底人が出てこないところはがっかりです(笑)。
それはまだ良しとして、うさぎの穴に落ちたアリスとなった主人公三人組は驚異の世界を目の当たりにしながらもやっぱり地上に戻らないといけませんから、唯一のエレベーターシャフトとなる竪穴目指して大移動。巨大洞窟をトロッコで駆け抜け即席のいかだで大海原を渡りとまあテレビゲームさながらの大冒険です。
ティラノソーラスや巨大ピラニアをかわしながらのほとんどまんがのようなアトラクションが次から次に出てくるところは、子どもは大喜びするに違いありません。私もロードショウで見た当時はそれなりに楽しめましたから、まあ映画館での一時間半を楽しく過ごしてそれでハイおしまいって感じです。

それで3Dの出来を改めて見てみると、ちゃんとできているシーンとそうでないところがまちまちであまり一貫していません。手やものをこちらに向かって突き出してくるカットを何度も採り入れるなど、撮影監督の3Dに関しての考えかたは昔ながらの見世物的な感覚のようで、ある種古典的な立体映画になっているとも言えます。
作り手もこの時期はまだ3D映画がこれほど一般化していくとは思ってなかったでしょうね。CGもまだいかにもCGという映像ですし、撮影にはミニチュアも使われてるんですね。フィルム映画からディジタル映画へという過渡期に生まれた、その意味では興味深いところもある映画だといえます。





190421


Derriere les murs 2011

フランスのサイコスリラーです。わが国では劇場公開もビデオソフト発売もされていないためフランス盤のブルーレイ3Dを見ました。日本語はもちろん英語字幕も付いてませんでしたから、せりふはまったくわかりませんでした。いやもうフランス語ひと言もわかりませんね。ジュテームと言えばそこだけわかったでしょうけど(笑)。
話している内容が理解できれば見かたももっと違ったかもしれません。でもまあ、せりふがわからず見た限りではそれほど妙味のある映画だとは思えません。

舞台は1920年代のかなりの田舎村で、パリから越してきた女流作家が自らの心の闇と直面するというストーリーです。住み始めた家はかなりの豪邸で、裕福な名士の旧家というたたずまいです。調度などは雰囲気があっていいですね。夜はランプです。
地元民から好奇の目で見られても作家はまるで意に介せず、さっそく執筆にとりかかりますがなかなかはかどりません。都会から逃げ出し環境を変えて新作を書こうとしたものの、悩むうち次第に幼い少女の幻を見るようになり不安が少しずつ募っていきます。
映画としてはオカルトもの的なショック演出は抑えてあります。幻影が作家の見る白昼夢であることは示唆してあり、アル中であることも説明されています。

あるとき地下室の崩れかけたレンガ壁を破ってみると、その向こうは広々とした石切り場のような地下空間が広がっており、何かを感じた作家はここに机と椅子とタイプライターを持ち込んで書斎とすることに。そうするとインスピレイションがわき堰を切ったように書き始めますが、しかしやはりここでまた少女が現れます。
あらかじめ地元の農家の娘と仲が良くなり読み書きを教えるなどの交流があっているところが描かれていて、その現実の少女と幻の少女をだぶらせて見せる手法ですね。どうもその幻のほうは少女時代の自分の姿のようです。なにかトラウマティックな経験があったのではと思わせるシーンでも、それを露骨に見せることはしていません。
結局そのトラウマから逃れることができず自滅してしまい破局を迎えることになります。それほど大きな山場もなくひねりも無い話のまま映画は終わってしまいます。

これでは日本に輸入されないのも当然かと思える映画です。ところが映像のほうはとてもいいんですよ。陽光うららかな田舎の風景が素晴らしく、また3D撮影も抜群で見事な立体映像を堪能しました。これほどハイクオリティな3D映像はまれです。
3Dものはホラーやアクションが多いですから、どちらかというとダークな色調の映像が主流です。そのためこのような明るい景色を高精細画像で見ることのできる映画は限られています。やはり優れた3D映像だった「天才スピヴェット」が思い出されますが、今回見たのはクラシカルなヨーロッパの情景を満喫できる点が特筆されます。
なにかいい3D映画がないか聞かれたら、ヴェンダーズの「誰のせいでもない」と併せて人に勧めたくなるブルーレイ3Dですね。ただし字幕は無いよと付け加えないとだめですけどね(笑)。





190414


Dark Country 2009

「パニッシャー」(2004)のトーマス・ジェインが主演し自ら監督も務めています。かなりの低予算映画で、ほとんど俳優の道楽といった感じです。わが国では劇場公開もビデオソフト発売もされていないためフランス盤のブルーレイ3Dを入手しました。
話としては「トワイライト・ゾーン」タイプのミステリーですね。ラスヴェガスで即席の結婚をしてハネムーンで砂漠のハイウェイを疾走する二人に起こった出来事です。

他に走る車もまったく無いような茫漠たる荒野を飛ばしていたところ、横転事故を起こし瀕死の重傷を負った男を発見、電話も通じないようなところなのでしかたなく男を搬送することに。
ところがこいつがむっくり起き上がり、意味不明のことを言い出したかと思うとジェインに襲いかかってきたため車を止め反撃すると男は死亡、途方に暮れた二人は死体を砂漠に埋めることにしてしまいます。
それから次のハイウェイの休憩所で着替えて態勢を整え一件落着…としたかったところが、どうもこの休憩所もまるで人気が無く奇妙な雰囲気です。

この二人は気が動転しているのであまりそのことには気がついてないようで、現場に腕時計を落としてきたことがわかり取りに戻るかどうかで激しく言い争っています。
しかし映画を見ているこっちは、さっきからなにか変だなという感じを受けてるんですね。なにしろ二人と謎の男以外は誰も姿を見せないわけで、いくら砂漠のど真ん中といっても一台の車ともすれ違わないというのは変です。謎の男の事故現場に遭遇する前に、道を間違えたらしいということで引き返すんですが、そのときなにかさらに間違った方向に車を走らせてきたようで、どうもこのあたりでトワイライトゾーンに入ってしまったようです。

その後の展開はジェットコースター的でなかなか面白いとは言えます。まあ結局なぜか時間のループに入り込んでしまった主人公の恐怖体験というストーリーなわけですけど、その理屈を解くヒントとなるようなせりふは何カ所かあったみたいですね。ただ字幕が無いのでどういうことなのかは想像するしかなく、このへんせりふがわからないとちょっともどかしいところではあります。
しかし一時間半の長編映画にするには少し無理があったという感はぬぐえません。テレビの三十分ものなら良かったでしょうね。

ただ映像のほうはちょっと面白味があります。CGIでかなりイフェクトしてあって、車窓に映る星空や夕暮れの地平線など、かなり安上がりな手法ながら超現実的な光景を描き出してあります。雰囲気としてはちょうど「シン・シティ」を百四十四分の一の予算規模で再現したような感じです(笑)。
昔のフィルムのオプティカル合成のようなはめ込み具合、遠景はもろにCG、真っ暗な夜なのにどこからともなく照らされるスポット照明など、大手の映画会社では決して見られないB級C級のタッチです。
これらの映像処理はチープ感満点ながら決して救いようの無いほどダサいというわけではなく、独特のロウファイ感があります。タランティーノやロバート・ロドリゲズあたりならあえて狙ってこういう映像を作ってもおかしくないですね。

3Dのほうはというと、悪くはないですがもうちょっとがんばってほしかったかなというところですね。全編ステレオカメラで撮影してありますからそれなりのものではあります。ほとんどが夜のシーンで、広く開けた砂漠が舞台ですから、立体感を出すのは難しいと言えば難しいセッティングでしょうか。





190324

Twixt 2011
「ヴァージニア」

久しぶりのまともな映画です(笑)。なんといってもコッポラ映画です。考えてみたらコッポラの監督作を見るのは97年の「レインメーカー」以来です。フィルモグラフィを見るとその間「胡蝶の夢」(2007)、「テトロ」(2009)という二本を撮ってたんですね。この「ヴァージニア」は現時点での最新作ということになります。
パッケージアートからてっきりヴァンパイアものとばかり思い、92年の「ドラキュラ」をイメージしてました。ところが見てみると実際はホラー映画的な意匠をまとったファンタシーで、コメディ要素も大きいです。
比較的低予算で小ぢんまりとしており、傑作とまではいえないもののさすがはコッポラとその映像美にうならされるところのある一本でした。なかなかいいです。ディジタルカメラ撮影です。

主演はヴァル・キルマーですね。うわーというくらい太ってます。酒びたりでスランプ状態の流行作家を演ずるためにわざとそうしたんでしょうか。保安官にブルース・ダーン、謎の少女にエル・ファニング。ほかにデイヴィド・ペイマーや、冒頭のナレイションはトム・ウェイツが務めています。
道化のような役割を持つ、若者グループのリーダーのフラミンゴーはわりと印象深いです。オールデン・エアエンライクという聞いたこともない俳優ですが、最近では新しいスター・ウォーズでハン・ソロをやってますね。

キルマーはオカルトもの専門で実力はそこそこという程度の小説家です。最近は金に困り単身自ら地方を回ってサイン本を行商しているようなありさま。あるさびれた街に来てみるとそこには本屋は一軒も無くて、しかたなく金物屋の軒先でむしろを広げることに…という出だしからして滑稽な感じです。
しかしその街にはかつてエドガー・アラン・ポーが投宿したホテルがあったということを偶然知り、その廃墟を訪ねてみます。当然ながら作家にとってポーは憧れであり、その足跡をたどることができてイマジネイションがわいてきます。

また、ホラー好きだという老保安官と知り合いになり、少女の猟奇死体を見せてもらうなどの奇妙な体験をして、深層心理にある不安感も呼び覚ますことになります。
実は作家は愛娘をボート事故で亡くしており、それが落ちぶれる原因になっていたんですね。自責の念にさいなまれ、それが街で過去に起きた凄惨な事件の話とリンクして不思議な夢を見るようになり、作家は現実と幻想を行き来しながらの数日間をそこで過ごします。

このドリームシークエンスが秀逸で、CGIを使って超現実的な世界を描いてあります。「ランブルフィッシュ」を思い出させるブルーのモノトーンに赤のパートカラーがきいてます。ポーの幻まで現れ、ポーとの対話は作家に新作のインスピレイションを与えることになります。
謎の少女は、昔この街の孤児院で子どもたちの将来を悲観した牧師が心中を図り、ひとり生き残った子どもです。こうした幽霊たちの映像は非常にファンタジックに描かれており、恐怖感を感じさせる意図はありません。ホラーものと思って見た人はまったく肩透かしでしょうね。

この映画はもちろん日本語版のビデオソフトも出ており、レンタルではブルーレイディスクもあります。しかしさすがにブルーレイ3Dまでは発売されなかったのでこれは輸入盤を入手、まずはレンタルブルーレイディスクで内容を確認してみました。
そうすると、随所に立体効果を狙ったことをうかがわせるカットがあり、3D版ではさぞ見事な映像になっているだろうと期待できました。多くの場面をパンフォーカスにしてあるので奥行きが出て空間を感じさせる3Dになっているはずです。

ところがブルーレイ3Dのほうを見てみたらなんのことはない、3Dになっているのは中盤とラストの二カ所のみ、合わせても十分足らずにすぎなかったんですね。いったいなんでそんな仕様にしたのか理解できません。すでに劇場の3Dシステムは最新式が行き渡っていますから、全編3Dでなんの不都合も無いはずです。またそのふたつの3Dシーンも、そこだけを立体に見せる必然性があったというほどの見せ場かというと少々疑問が残るものです。
例えば「ザ・ウォーク」が基本的に2Dで、いよいよビル渡りをするそのクライマックスシーンのみ3Dという形にすれば、むしろ全編3Dよりも強烈なVR体験になったでしょう。

そのふたつの3Dシーンのうち最初のところは「めまい」の螺旋階段を思い出させるような、時計台の内部に入る場面です。機械室にたどり着くと中は巨大な歯車が層をなして回転する、いかにも3D的な視覚効果です。
スコシージの「ヒューゴー」をすぐさま思い浮かべますね。どっちが先かと調べたら、どちらも同じ2011年作でした。偶然でしょうか。でも映像作家なら誰しもが「モダン・タイムズ」を立体化してみたいと思うでしょうからねー。
もうひとつはラストで、遺体置き場の少女の体から杭を抜く場面。ここぞとばかりに血しぶきが上がります。

しかしどちらのシーンも、短いけどこりゃ最高だといえるような3Dかといえばそれほどでもないんですね。やはりとって付けたようなというか、ほんとにとって付けてあるわけで(笑)。
私が推測するに、もしかしたらステレオカメラで撮影したその二場面以外は変換3Dにするつもりだったのかもしれませんね。しかしまだ変換の技術も途上で、仕上がりを見たコッポラはこんなんじゃダメだと全編3Dを断念、いや待てよむしろ部分3Dのほうが昔の映画ぽくていいやとばかりにそういうふうにしたなんてことがあったのかもしれません。

映画の雰囲気はちょうど「ツイン・ピークス」のような感じで、クールで暗いんだけどブラックユーモア交じりでちょっと可笑しい、というところですから、途中でメガネをかける指示を画面上に出すところなどなんとなくとぼけています。
ラストも、なんだそんなんで終わりかよというようなふざけた切りかたです。でも実際の夢がそうであるように、オチ無しで唐突に終わらせたやりかたは、かえって映画の印象を強くしています。





190317

One Way Trip 2011

これはドイツのホラーサスペンスですね。監督・キャストともにまったく知らない人たちです。パッケージアートを見ると、闇の森の悪魔の少女がやってくる…といった感じです。
ただのスプラッターなのかオカルトものなのかわからないまま見てみたところ、ファンタシー要素の無いサイコスリラーでした。しかしサスペンスとスプラッターの演出がえらく弱いままに話が進んでいきます。しかも非常に中途半端な形でオカルトのシーンが挿入されるため、なんだか意図不明な映画になってしまってます。

いつ面白くなるんだろうと見ていたらそのまま終わってしまい、最後の最後で説明される謎解きのカットは「えーそんなのアリかよー」といったものですから消化不良も甚だしいと言えます。
当然ながらわが国では劇場未公開、ビデオソフトも出てませんからドイツ盤のブルーレイ3Dを見ました。英語字幕も付いていないところからして完全にドイツ国内市場向けの映画ですね。やはりドイツ語なに言ってんだかさっぱりわかりませんから(笑)、重要なせりふを理解しないまま大きな勘違いをしているのかもしれませんけどね。

マジックマッシュルーム狩りに森にキャンプに来た若者たちの恐怖体験です。森の一軒家に住む怪しげな猟師の父娘が出てきて、どうもこの娘のほうがサイコ度マックスのようです。
キャンプでラリっているところを何者かに襲撃され、ほうほうの体で一軒家に逃げ込む一行。しかしそこでも一人またひとりと仲間が犠牲者となっていきます。サイコ娘が他に気づかれないよう巧みに一人ずつ生贄を屠っていってるんですね。

ところがそのあたりのサスペンス演出は平板でぎこちなく、さっぱり恐怖感が高まってこないんですよ。芝居のほうはしっかりしているし、プロダクションデザインのしつらえもちゃんとしてますから安っぽい映画という感じはしません。それだけに、演出のほうがどうも力量不足でまどろっこしいところが残念ですね。
それでも3Dのほうが良ければ私としてはOKだったんですけど、これまた今いちです。全編をディジタルステレオカメラで撮影してあるもののあまり臨場感が出せてないんですね。基本的にその場を自然に撮影するという方針のようで、これ見よがしの飛び出しシーンは数カ所にとどめてあります。

それにしてももうちょっと奥行きや立体感があってもいいはずなのになあと思いながら見てました。まだディジタルカメラの解像度がそれほど高くなくて、昼間の森のシーンなどはわりといい感じの3Dになっているのに映画の大部分を占める夜の暗い画面ではやはりだいぶ画質が劣ります。とはいえフィルム映画のように真っ暗でなにが何やらよくわからないというようなところは無く、写ってはいるんですけどね。





190310


重生 The Second Coming 2014

香港のホラー映画です。香港映画でホラーものといってもぱっと代表作が思い浮かびませんね。ネットで「香港映画」「ホラー」のキーワードで検索してみると、たくさん出てくるのは「チャイニーズ・ゴースト・ストーリーズ」とキョンシーものばかりで、ずっと下のほうを見るとようやくぽつりぽつり出てくるんですが、どれもあまり記憶に無いようなタイトルばかりです。結局有名な上記ふたつのシリーズ以外はその他おおぜいという感じなんですね。
で、今回見たこの映画はさてどうかというと、わが国では劇場公開もビデオソフト発売も、テレビ放送さえ無かったというところで想像のつくとおりです(笑)。ブルーレイ3Dはドイツ盤が出ていたのでこれを買いました。広東語のせりふはさっぱりわからないものの英語字幕が付いていたのでなんとなく話の流れは理解できました。

二人の子を持つ夫婦、今は郊外の一軒家で平穏な暮らしを送っています。ちなみに香港では一軒家に住むということは市民にとって夢の夢のそのまた夢というくらいのことですから、その設定自体が見る者にとって非現実的な効果をすでにかもしているのかもしれません。
その夫婦はしかし暗い過去を持っており、娘が成長してからその呪いが発現します。実は娘のほうは、妻が不良に暴行された結果不本意に生まれた子で、そのため妻は心に大きな傷を負っているし夫も娘に対して大きなわだかまりが残っています。
医学生として留学している息子が妹の誕生祝いのため帰郷し家族四人が揃ったときに娘の様子がおかしくなり、不吉な幻を見るようになります。ショッキングな姿の亡霊がたびたび画面に登場するところの見せかたはほとんどお化け屋敷の手法です。
話が進むにつれ少しずつ夫婦の過去の出来事が明らかになっていき、終盤はやはり霊能者が出てきて中国式の祈祷によって解決の糸口が見えてきます。

まあしかし、バラしてしまうと最後は夢オチで終わってしまうわけですけど(笑)、そうなるとそれまで見てきたシーンでつじつまの合わないところがいろいろ出てきて突っ込みどころはありますが、まっいいかとそれほど目くじらを立てるほどのこともないように思えます。途中が楽しめりゃいいじゃないかという感じです。
総じて話はまあまあ面白くできているとは言えるんですね。ただ演出はテレビドラマ並みだし有名な俳優もぜんぜん出てないしで決定的なセールスポイントに欠けるところがわが国での完全無視ということになったんでしょう。娘役の梁祖儀(ジョーイ・リョン)という子はわりと芸達者で熱演でした。

そんなふうで映画としてはBの下というところながら、3Dのほうはなかなかいいんですね。全編ステレオカメラで撮影してありCGの割り合いも多くありません。立体効果は良好で、特に奇をてらった撮りかたは無くごく自然な情景を描いてあります。
逆に言うと3Dを効果的に使ったホラー演出というわけでもないところが物足りないといえば物足りないですが、私としては好感が持てますね。
監督は邱禮濤(ハーマン・ヤウ)という香港では中堅の人のようで、イップ・マンものを撮ったりアクションやコメディなどなんでも屋みたいです。ホラーでは「八仙飯店之人肉饅頭」(1993)というスプラッターが知られていて、これは東京国際ファンタスティック映画祭でのみ上映されビデオソフトが出ています。見てないですけどかなりエグい描写らしいです。





190217

Nurse 2013
「マッド・ナース」

これもサイコスリラーです。でもこちらは低予算映画であることには違いないもののまともな作りの劇映画です。わが国でも劇場公開されビデオソフトも発売されています。
ただやはり、残念なことに日本語版のブルーレイ3Dまでは出てないんですね。これまたしかたがないのでアメリカ盤を買って見ました。ちゃんとストーリーがあるようだったのでDVDをレンタルしてきてせりふも確認してみました。
そうすると話はわりと面白くできていて、傑作とはとうてい言えないもののそこそこ楽しめる一本であるには違いありません。ビデオ屋では「エロティックサスペンス」みたいな棚に入るような売りかたをしてあり、いかにも煽情的なパッケージアートです。しかし実際はエロ度はそれほどでもなく、R指定の主な要因はスプラッターのほうだと思われます。

ある程度キャリアを積んだ看護婦のアビーは新入りのダニーの教育係として多忙の毎日。しかし仕事を終えると夜な夜なミスター・グッドバー探しにクラブに繰り出します。ところがこれまた「ジュリアX」と同様、実は生贄のハンティングだったというわけですね。
アビーの誘いに簡単にのってくる軽薄な男を手術用のメスで料理します。そこは職業柄めった切りなどといった無粋な手は使わず、股間の大動脈をひと刺しして「アンタの命もあと三分よ」とクールにキめるなど、序盤はなかなかスムースな流れでこの異常者のサイコ度を見せます。

映画はそれから、後輩のダニーを恐怖の計略に陥れていくストーリーが本筋です。ダニーの尊敬も得て仲も良くなっていたかのように見えて、実は精神科医殺しの濡れ衣を着せようと綿密に練られた罠にダニーははまっていきます。
主役で一人称のナレーションも挿入されていくのはアビーのほうですが、次々と明らかになっていく落とし穴に追い込まれていくのはダニーのほうであり、見ていると漫才のボケとツッコミが途中で入れ替わったような…といったら例えがよくないですか(笑)。
実際その計略が展開されていくところは悪くないもので、スリラーとして成立しています。ただ演出のしかたがコメディ要素をちりばめていく手法なので、ヤマ場を迎えいよいよアビーが凶暴さを増していくところは、見ていてもうひとつ恐怖感が盛り上がりきれないところがちょっと惜しいですね。

徹底してシリアスな演出にすれば、「危険な情事」のようなウルトラサイコヒロインに仕上がっていたかもしれません。「危険な情事」と「シリアル・ママ」の中間くらいです(笑)。
そういえば出だしの場面でなんとキャスリーン・ターナーが婦長役で出てくるんですよ。うわーこりゃアリサ・フランクリンかいというほど太っていてぎょっとしましたけど、その後主役を食う活躍をするかと思ったらこのワンシーンのみでした。ほかには久しぶりで見たマーティン・ドノヴァンも出ています。

ただこれ、3Dのほうはどうかというとぜんぜんダメです。変換3Dではなく全編ステレオカメラで撮影されているというのに、監督もしくは撮影監督が3Dのことを理解できていません。
映画自体は一流のプロダクションで、映像は美しく撮れています。しかし撮影のしかたが通常の2D映画のセオリーにのっとっているため立体感が出せていません。ごく近い背景までぼかして浅い焦点距離で撮るカットが多く、せっかくの3D撮影がこれじゃ意味なしです。良かったのは螺旋階段を下りていくところくらいですかねー。





190210


Julia X 2011

サイコシリアルキラーものです。かなりの低予算で監督は製作・脚本も一人で兼ねるなど、これもアメリカでもビデオ発売のみの映画なんじゃないかと思えるほどです。しかし作風からは特にホラーおたくが作っているという感じはありません。
やはり競争の激しいジャンルですからありきたりじゃだめだということで、話に大きくひねりを加えてあります。しかも複数回ひねってあって、最後はひねりすぎてどの地点に着地したのかよくわからないというような状態です(笑)。当然ながらわが国でも劇場未公開で、日本語版のビデオソフトも出ていません。

始めは出会い系サイトで知り合った二人の喫茶店での初対面シーンからです。これの男のほうが殺人鬼です。折しも体にイニシャルを焼きごてで付けられた女性の死体が発見される連続猟奇殺人事件が報じられているところです。
男はジュリアというIDのこの女をまんまと拉致してアジトへと運び、まず焼き印を入れます。そしてこれからいったいどんな凄惨な儀式が待っているのか…というところまでが序盤です。

しかしジュリアはがんばって逃亡することに成功、追いつかれて決闘となった結果、ついにシリアルキラーをやっつけます。
ところがここで立場は逆転、今度は男を捕縛して自宅に連行し、妹と共に暴行を加え始めます。なんとこのジュリアも変質者で、出会い系サイトで獲物となる男を物色していたんですねー出会った二人が二人ともサイコキラー。こんな偶然あるんでしょうか(笑)。
ここらへんでフラッシュバックでこの姉妹の背景が明らかになり、幼少期に父の虐待を受けていた様子が描かれます。母も家庭内暴力の対象だし、家族写真には兄も写っています。その後この一家がどういう末路をたどって姉妹だけが残ったのかは、せりふで説明されているはずですが字幕が無いのでよくわかりません。

いずれにせよ演出ぶりからは姉妹の性格描写がうまくされているとは思えず、心的外傷を受けた姉妹が復讐のために狂気に走るというところはプロットのためのこじつけという感じがぬぐえません。男のほうの殺人鬼も、常にイアフォンを耳に付けてウォークマンでカーペンターズを聞いているというような余裕しゃくしゃくぶりを見せているところなどは滑稽なほどです。
話はその後は滅茶苦茶になって終わりますけど、実はジュリアよりも妹のジェシカのほうが輪をかけて破滅的なサイコ女だったりとかいうところ、実力のある脚本家や監督が手がければジェットコースター的な面白い展開にすることもできたかもしれません。でもこの映画はそうなってません(笑)。
やはり有名な俳優は主演していません。ヴィング・レイムズがパッケージに主演者と並んでクレジットされているものの脇役というほどでさえなく、エピローグ部分で一分くらい出てくるだけです。

それで肝心の3Dのほうですが、まあ悪くはないとはいえもうひとつ工夫が欲しかったなというところです。
広い綿畑や木が林立する湿地帯など、屋外の開けたところはなかなかいい感じで奥行きが出ているし、室内シーンも大きな家の間取りがよくわかる撮りかたをしてあります。でもぜんぜん立体感の出ていないカットも多くあって、場面によって出来不出来があり一定してません。
変換の部分は無さそうで、全編ステレオカメラでちゃんと撮ってあるだけでも値打ちはあるってものです。





190120


Dead Before Dawn 3D 2012

これもゾンビコメディでカナダ映画です。やはりわが国では劇場未公開で、タイトルに「オブ・ザ・デッド」と付いていないせいかビデオソフトも発売されてません(笑)。テレビのシットコムレベルの学芸会といってよく、あまりの低予算でSFXも手作り感満点です。せりふがわからないのでコメディ部分の切れがどうなのかは今ひとつわからないものの、演出ぶりからしても面白いとはとても思えません。
しかしほとんど自主制作映画に近いものだけに、インディペンデントスピリットは感じさせるところがあります。監督と脚本家はいずれも出演メンバーの一人で非常に若く、女性監督であるエイプリル・マレンはフィルモグラフィを見るとその後もけっこうたくさん撮っていて、最近ではレズ映画の「アンダー・ハー・マウス」(2016)というのが話題作ぽいですね。意外と順調にキャリアを積んでいるようです。

主人公のあんちゃんは祖父の経営するオカルト用品店で店番をしているとき、店に遊びに来ていた同級生たちの前で禁断の壺を壊してしまいます。これによってその場にいた七人に呪いがかかり、この者たちと目を合わせた誰もが自殺したあげくにゾンビ化するということになってしまいます。
七人は初めはそういう仕組みを知らないため無防備に家族や町の人と接してしまい、気がついたら周りはゾンビだらけ…というシチュエイションです。うまくやれば面白いどたばたになりそうなのに、うまくやってないのでなんだか気の抜けたホラーコメディがだらだら続いていくというありがちな結果ですね。
私はゾンビものはそう多くは知らないんですが、最近見たものでは「ショーン・オブ・ザ・デッド」(2004)というイギリスのコメディがあります。サイモン・ペグが主演と脚本も手がけ、傑作とまではいえなくともなかなか面白い小品でした。これに比べると今回見たのや先週の「Bunker of the Dead」などはがたっと落ちるんですね。ガタッと音が聞こえてくるくらい落ちます(笑)。やっぱりコメディて難しいんですね。

ただ今回の「Dead Before Dawn」は、製作・監督・脚本を若い人たちが自ら務め、メイキングを見るとスタッフもみんなフレッシュですね。ハリウッドから来たプロが仕切っているという感じはありません。俳優たちは一所懸命やってます。
またもうひとつ感じたのは、おそらく彼らはホラーおたくではないというところです。この手の映画によく見られる欠点のひとつに、ホラーマニアが自己満足のために作ったかのような雰囲気が漂っているというのがありますね。ホラーおたくによるホラーおたくのための映画というわけで、まあそれはそれでいいのかもしれませんけども。
そのため細かいところの妙なこだわりが無く、わりと大ざっぱに話を進めていくところはいいんじゃないでしょうか。最後はハッピーエンドです。

ところが3Dのほうは今いちです。ちゃんとステレオカメラで全編を撮影してあるんですが、効果が充分出ていません。晴れた屋外を広々ととらえたショットは良好な立体感があります。しかし室内シーンになると被写界深度の無い、背景をぼかした撮りかたを多用しているので奥行きが出てないんですね。
他も立体感を活かしたカットも無ければ遠近感のある場面があるわけでもない、全体に平板な3Dに終わっています。惜しいですね。
なんでもこのときマレン監督は “最も若い3Dライヴアクション映画監督” と記録されているんだとか。でも3Dについてはあまり見識が無かったものと思われます。パッケージを見るとベルギーの映画祭で3D部門で受賞した証があります。他にエントリーした3D映画が無かったのか、あるいはその若さとジェンダーに敬意を表し贈られたのかもしれません。

そういえばひとりだけ有名な俳優がいてクリストファー・ロイドが出てます。ちょい役というにはわりと重要なオカルトショップの祖父を演じていて、どういういきさつでこんな小規模映画に出たのか知りませんけど、新人に胸を貸すつもりだったのかもしれません。この人「ピラニア3DD」にも出てました。





190113


Bunker of the Dead 2015
「ナチス・オブ・ザ・デッド」

ドイツのホラーコメディで、「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」のようなフェイクドキュメンタリーのスタイルの低予算映画です。
これがヘッドマウントの小型カメラで撮影したPOV映像で画面の揺れがひどく、見ていて具合が悪くなってきました。そのため途中で止めて二日にわたって見るはめになってしまいました(笑)。
映画はすべて実際に主演俳優の頭部に装着したステレオカメラで撮影されたビデオ画像を、ノンストップのリアルタイムふうに編集してあります。市販の機材を使ってあるのかもしれません。しかしその映像は非常に鮮明で立体効果も充分出ています。ソダーバーグが新作の撮影にiフォーンを使ったくらいですから、これからの時代はプロ用と民生用の境目はもう無くなっていくんですね。

ただしこの映画、褒めるところは画像が鮮明だというところだけです(笑)。
話はというと素人のトレジャーハンターが旧ナチスの埋蔵金があるらしいという情報をもとに立ち入り禁止の地下施設に潜入するというものです。
そこは軍によって厳重に管理されてますが、外部の協力者とテレビ電話で通信しながら単身乗り込むことに成功。かなり広い廃工場のようなところを探索し始めます。
そこで突如として元ナチスのゾンビどもが現れ次々と襲いかかってきます。初めはバールで戦っていたのが機関銃を手に入れて以降はなんだかシューティングのビデオゲームのような様相となっていきます。

演出はもろにコメディというわけではなく、かといって怖さは微塵もありませんから、ゾンビの描きかたはまったく間抜けなだけです。ここらへん、「オブ・ザ・デッド」もののジャンルにおいてどういう位置付けになるのか、あまたある他のオブザデッド映画をほとんど見たことがないのでよくわかりません。しょうもない映画だということだけは確かです(笑)。最後になって総統のゾンビも登場します。
わが国では劇場未公開ながらDVDは発売されています。このレベルのビデオ映画でDVDが発売されるということは、とりあえず「オブ・ザ・デッド」と付いていればある程度は売れるということなんでしょう。

しかし3Dの効果はよく出ていてそこは感心しました。すぐ目の前の人の顔も鼻や口などとても立体的に撮れてますから、おそらく左右の耳の上あたりにカメラを設置しレンズ間の距離をとって撮影したんだろうと思います。
地下施設に入って以降は当然暗い画面で、カメラに付いたフラッシュライトだけが照明ですから視界も狭く見にくい映像です。そのわりには3D効果がよく感じられるので、ステレオ撮影の機材担当は優秀な人のようですね。





【インスタントラーメン袋の世界】へ